「小鹿田焼窯」1軒、作陶終える 後継難に決断、窯元9軒に [大分県]

3代目黒木力さん(手前)と5代目黒木孝子さん
3代目黒木力さん(手前)と5代目黒木孝子さん
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 日田市の国重要無形文化財「小鹿田焼」の10軒ある窯元の一つ「黒木孝子窯」が、既に作陶活動を終え近く窯を閉じることになった。4代目黒木隆さん(享年47)の亡き後、妻孝子さん(56)が当主となり、隆さんの父力さん(89)が作品を作ってきたが「体力の限界だった」という。窯元は9軒になる。

 同窯は大正時代に初代浜吉が開いた。3代目・力さんの跡を継ぎ、隆さんが36歳で4代目に就いたが2007年に病で亡くなった。「綿々と受け継がれた窯の火を絶やしてはいけない」と孝子さんが当主を継ぎ、力さん、妻茂子さん(82)と3人で窯を守ってきた。

 力さんは「小鹿田焼技術保存会」の初代会長を務め高い技術を持つが、「年々、ろくろも、窯炊きもきつくなった」という。17年には九州豪雨で唐臼などが被災し、ボランティアの力も借りて復旧したが同年内には作品制作を終えていた。

 力さんは「伝統をつなげたい思いはあっても現実は簡単ではない。寂しい思いはあるが仕方ない」。孝子さんは「父と夫のおかげでここまでこられた。他の窯元やお客さん、取引先など支えてくださった方々には感謝しかありません」と話す。

 「小鹿田焼-すこやかな民陶の美」=芸艸堂(うんそうどう)刊=によると、小鹿田焼は約300年前に始まり、陶土の採取から土作り、成形、釉薬(ゆうやく)掛け、焼成までは全て手作業。各窯元は家族で営まれており、力作業となる土練り、成形を男性が担当、女性が釉薬作りや窯入れなどの作業で支える。

 窯元はこれまでも一時途絶えたり、再興したりすることもあったが、1969年に1軒が再興して以降は10軒を維持してきた。

=2019/02/19付 西日本新聞朝刊=

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