【意見】大牟田は結構、元気である 西村健氏

作家 西村 健氏
作家 西村 健氏
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◆三井三池炭鉱閉山20年

 1997年3月30日、かつて我が国の産業を牽引して来た三井三池炭鉱が閉山した。

 それから、あっという間の20年である。では三池炭鉱で栄えていた大牟田市は今、どうなっているのか。足を運んだことのない方にはなかなか想像もつかないに違いない。

 実は結構、元気なのである。ご存知のように2015年、三池炭鉱関連施設を含む「明治日本の産業革命遺産」は世界遺産に登録された。またこの3月には大牟田市制百周年を迎え、イベントも開催されたばかりである。

 人口を見てみても閉山年の10月段階で14万4994人だったのが、今年の3月では11万7684人である。3万人弱減ったに過ぎない。5分の1が減った計算になるではないか、と指摘されるかも知れないが、炭鉱町で炭鉱が潰れたというのに、これなのだ。影響は少ない方、と言ってよいのではなかろうか。今では人口減の主な要因は自然減、つまりお年寄りが亡くなっているだけである。

 要は閉山時、既に炭鉱は町の中心産業ではなくなっていたということだ。もちろん操業を止めた、という精神的なショックはあるものの、産業としてのダメージはさしてなかった。町はとうに炭鉱抜きでも生きていける底力を蓄えていたのである。

 もちろん全盛期に比べれば見劣りのするのは否めない。既に町のデパートは全滅したし、商店街の人通りも激減した。かつては繁盛していた店で、閉めてしまったところも多い。

 しかし百貨店の経営が苦しいのは全国的な傾向だし、車社会の到来で古い商店街が振るわないのもどこの地方でも見られることだ。閉めた店も経営者が年老いたからというのが大半で、逆に若い店主が引き継いだり、全く新しい店を始めて成功したりもしている。

 嘆くには当たらない、ということだ。大牟田で起こっていることは日本の地方都市ならどこでも、起こっていることにすぎない。むしろ高齢化が先行した分、時代を先取りしていると言っていいのかも知れない。町ぐるみで老人を見守り、「安心して徘徊できる町」を名乗るなど全国から注目を集める取り組みもある。大牟田は、将来の日本のモデルケースとなる可能性を秘めていると思う。

 「明日死ぬかも知れない」過酷な労働に身を削り、激動の時代を生き抜いた人々の暮らす町。そんじょそこらのことではくたばらないバイタリティがある。人の活気さえ失われなければ、町の息吹もまたなくなることはない。

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 西村 健(にしむら・けん)作家 1965年生まれ、福岡県大牟田市出身。東京大工学部卒。2012年、故郷を舞台にした「地の底のヤマ」で第33回吉川英治文学新人賞など受賞。東京都在住。


=2017/05/19付 西日本新聞朝刊=

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