「インパール」に何を学ぶ

 三十数年前に所帯を構えて以来(海外勤務の2年間を除き)毎月毎月、文句も言わずにNHKの受信料を払ってきた。当たり前なのだが、どういうキャラクターだと思われているのか、こう話すと周囲に意外そうな顔をされるのが不満だ。

 「政府が右というものを左というわけにはいかない」とした前NHK会長の発言など聞くとさすがに嫌になるが、時には「長年受信料を払ってきたかいがあった」としみじみ思う番組に出合うことがある。

 私にとって「戦慄(せんりつ)の記録 インパール」(昨年8月15日放送)がそれだ。

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 インパール作戦とは、第2次世界大戦中の1944年3~7月、ビルマ(現ミャンマー)を占領した日本軍が、連合国軍による中国への補給拠点だったインド・インパールの攻略を狙った作戦だ。山岳地帯を越え、英軍が防衛するインパール付近を包囲したが、敗北し撤退した。戦死や病死、餓死で日本兵3万人以上が失われた。「陸軍史上最も無謀な作戦」と評される。

 NHKの番組は、新資料や作戦を指揮した将官の肉声テープ、現地取材で作戦の全貌を検証した。そこから浮かび上がるのは、当時の軍上層部の「無責任」と「命の軽視」である。

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 番組によると、作戦は実現性に疑いが持たれていたにもかかわらず、ビルマ方面軍第15軍の司令官の異常な熱意によって進められた。慎重論者は疎まれ、左遷されたという。

 作戦失敗の最大の原因となったのは、兵站(へいたん)(武器や食糧の補給)の軽視である。弾丸も食糧もなく戦わざるを得なかった兵士には、悲惨な運命が待っていた。

 司令官が現場の声を聞かなかったことで、作戦の中止も遅れた。このため雨季の豪雨が撤退する部隊を襲い、兵士は次々と飢えや熱病に倒れていく。撤退路は白骨街道と呼ばれた。

 軍の司令部に配属された当時の青年将校は、司令官に対して作戦参謀が「5千人殺せば(敵の陣地を)とれると思います」と発言するのを記録していた。「5千人殺す」というのが敵ではなく、味方の損害を参謀が平然とそう表現したことに気付き、彼は驚愕(きょうがく)する。

 番組のラストで、96歳になったこの青年将校が、泣き声になって当時の軍上層部の体質を嘆くシーンは、ドキュメンタリーの真骨頂というべき迫力がある。

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 この番組は昨年12月に「完全版」が放送され、今年7月には書籍版が発行された(前述の番組内容は「完全版」による)。今夏も再放送されたが、深夜の衛星放送枠だったのが惜しい。

 番組取材班の一人は書籍版の後書きで「上司への忖度(そんたく)、現場の軽視、科学的根拠に基づかない精神論、責任の所在の曖昧さ」を挙げ、インパール作戦と「現代日本で見られる悪弊」との共通性を指摘している。

 NHKにお願いがある。大みそかの紅白歌合戦の代わりに、この番組を毎年、繰り返し繰り返し放送してくれないだろうか。

 日本人がどのような失敗に陥りやすいか。無謀な指導者がどれほど一般の兵士や市民に厄災をもたらすか。1年に1度はかみしめた方がいいと思うからだ。

 実現していただければ、ますます喜んで受信料をお払いします。

 (論説副委員長)

=2018/08/12付 西日本新聞朝刊=

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