昭和歌謡を聴きながら

 昭和歌謡がブームだという。最近のヒット曲に全くなじめない私にとって、実にうれしい流行だ。ちなみに私は人生の半分が昭和、残り半分が平成である。

 早速、昭和歌謡のイベントをのぞいた。DJが懐かしのヒットソングをかけまくる。客のノリもいい。50歳ぐらいの女性たちが、おそらく小学生時代に覚えたであろうピンク・レディーの振り付けで一心に踊っている。楽しそうだ。私の体も自然に揺れてくる。

 濃い歌詞にキャッチーなメロディー。阿久悠グレート! 都倉俊一えらい! 昭和歌謡サイコー! 最近の歌はつまらーん!

 こう絶叫したところで、ふとわれに返る。それって本当か?

   ◇    ◇

 最寄りの図書館にたまたま置いてあった「オリコン年鑑」を借りてきた。昭和61年の毎週のベストヒット100が記録されている。

 その中のある週のベスト100をチェックした。私はわりと音楽通だと思っているが、100曲のうち覚えのある曲名はわずか4曲。あとはまあ何というか、浮かんではすぐ消えた曲ばかりなのだろう。

 試しに上位にランクされていた曲を数曲、ネットで探して聴いてみた。ただの思い付きのような歌詞に陳腐なメロディー。つ…つまらん、泣くほどつまらん。

 要するにこういうことだ。おびただしい数が出た昭和歌謡のうち、いい曲だけが残っている。それで「昭和歌謡はよかった」のイメージが出来上がる。必ずしも昭和歌謡全体のレベルが高かったわけではない。

 われながら、少し考えればわかる理屈である。

   ◇    ◇

 ただ、この手の「昔は良かった」の誤解は、いろんなところに顔を出す。

 例えば治安だ。未成年者による凶悪事件が起きたりすると、一部の政治家が反射的に「昔はこんなことはなかった」「少年事件が凶悪化している」などと言いだし、「教育が悪い」「いやネットだ」「少年法だ」と責任者捜しを始める。

 もちろん少年事件の防止論議は大事なのだが、統計を見る限り、少年の凶悪事件の数は長期低落傾向にある。法務省の犯罪白書によれば、少年による殺人事件の検挙者数は昭和23~42年には300人を超えていた。中でも同34~36年には400人超えのピークを形成している。これが同50年に100人を切り、平成20年以降はおおむね50人前後で推移している。少年人口減少という要素を割り引いても、相当な減少ぶりだ。

 「昔は良かった」どころか、昭和30年代は現在の数倍の「少年による殺人事件」が起きていたことになる。昭和30年代といえば、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」で憧憬(しょうけい)も交えて描かれた時代ではないか。皮肉なことである。

   ◇    ◇

 私は昭和歌謡ブームにも「三丁目の夕日」にもケチを付ける気は全然ない。私はまた昭和歌謡イベントに行くだろう。だって楽しいから。たまにはノスタルジーに浸るのもいい。

 ただ、「今」を批判するために「幻想の過去」を持ち出すやり方だけは、やめておこうと思うのだ。それは「精神の老い」であり、そもそもフェアでない。

 平成の今もどこかで、将来の名曲が生まれているはずだ。

 (論説副委員長)

=2018/09/16付 西日本新聞朝刊=

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