私もクジラは食いたいが

 日本が国際捕鯨委員会(IWC)を脱退したニュースについてあれこれ考えているうちに、無性にクジラが食いたくなった。

 早速、職場に近いクジラ料理店に出かけていく。頑固そうな店主に、ランチの竜田揚げ定食980円を注文した。居酒屋で刺し身を注文することはあったが、クジラの竜田揚げを食うのは何年ぶりだろう。

 かりっとした歯触りに独特の風味。うまい。久々にクジラの味を思い出した。

   ◇    ◇

 竜田揚げをかみこなしながら、IWC脱退と捕鯨問題にまつわる自分の心の動きをたどってみる。

 最初に私の中に湧き上がってきたのは、外国から「クジラを食うな」と言われることに対する反感である。「おまえが○○を食べるのは野蛮だ」などと外から言われるのは理屈抜きに不愉快だ。こちらの文化を頭から否定されたように思ってしまうからだろう。

 クジラを特別な動物として尊重する国があるのは分かる。しかし「それはそちらの文化。押し付けないでくれ」と言いたくなる。

 日本側から見れば、最近のIWCの議論はクジラの保護だけを追求する反捕鯨国の姿勢が硬直化し、クジラの生息数増加などの科学的な議論ができなくなっているという。まっとうな言い分を聞いてもらえないという被害者意識が、私の「内なるナショナリズム」を刺激し、IWC脱退に拍手しそうになる。

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 その一方で、「IWC脱退」のニュースを見た私が唐突に連想したのは「我(わ)が代表堂々退場す」という古い新聞の見出しだった。

 このフレーズは1933年2月、日本が当時の国際連盟を脱退する方針を報じた東京朝日新聞の見出しだ。この紙面は歴史教科書に載っているほど有名だ。

 満州事変後、日本による「満州国」建国を不承認とする報告案は、連盟総会で賛成42カ国、反対は日本1カ国という大差で採択された。不満を抱いた松岡洋右全権代表の退席を「堂々退場す」と表現したのだ。

 外交的失敗で国際的孤立を深めているのに、それに喝采を送るナショナリズムの危うさを教えてくれる見出しである。その後日本は国際連盟を脱退、破滅的な戦争へと突き進んだ。

 IWC脱退に拍手しようとした私の胸中に、あの頃と同じような感情が芽生えてはいないか。戦後、国際協調主義に徹してきた日本が、国際機関を脱退するのは極めて異例である。

 そもそも政府というのは外交的敗北を覆い隠すために「毅然(きぜん)とした」ポーズを取りたがるものなのだ。

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 私の小学生時代、給食に出てくるクジラの竜田揚げは不人気メニューだった。それをおいしいと感じるようになったのは、私の味覚が成長したからか、それとも「珍味」という付加価値が与えられたからか。

 千円札を出し、20円のお釣りをもらって店を出た。

 私も確かにクジラは食いたい。しかし、そこまでして食べ続けるものなのか。他にいい方策はないのか。私の中で結論は出ていない。せめて自分の心を点検し、一時の感情にとらわれていないか確認しながら、考え続けるほかはない。

 まことに国際問題とは、簡単には答えの出ないことばかりなのである。

 (特別論説委員)

=2019/01/27付 西日本新聞朝刊=

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