朝鮮通信使見聞の「津島日記」、韓国で翻訳出版へ 多久の儒学者 草場佩川が記録 [佐賀県]

最後の朝鮮通信使の様子を詳細に記録した「津島日記」(多久市郷土資料館所蔵)
最後の朝鮮通信使の様子を詳細に記録した「津島日記」(多久市郷土資料館所蔵)
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多久市の横尾俊彦市長(右)と書籍刊行の協約を交わした韓国・国立海洋博物館の孫在學館長
多久市の横尾俊彦市長(右)と書籍刊行の協約を交わした韓国・国立海洋博物館の孫在學館長
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 佐賀藩校弘道館教授などを務めた多久領出身の儒学者、草場佩川(はいせん)(1787~1867)が外交使節「朝鮮通信使」を記録した「津島日記」が、韓国釜山市の国立海洋博物館から現代韓国語に翻訳出版される。通信使を巡っては、当時の外交文書などを国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」に登録する動きが日韓共同で進んでおり、翻訳出版もその一環とみられる。佩川没後150年の節目に当たる年内にも出版される見込みだ。

 朝鮮通信使は1607~1811年の約200年間に12回、徳川将軍の代替わりごとに来日した。

 上・中・下3巻から成る津島日記は、最後の通信使が対馬を訪れたときの様子を豊富な挿絵を交えて詳述した見聞記。当時24歳の佩川は、幕府から接待役を命じられた佐賀藩出身の儒学者古賀精里に同行して約2カ月間、対馬に滞在した。持ち前の画才で通信使の船や日韓双方の土産品、韓国語の発音など江戸後期の風俗を生き生きと描写している。

 特に通信使船の詳細な絵図は、海洋博物館が2012年7月の開館に合わせて2分の1の縮尺で作った復元船の基となった。

 出版元の海洋博物館は4月24日、原本を所有する多久市と書籍刊行に関する協約を結んだ。多久市役所で記者会見した孫在學(ソンジェハク)館長(56)は「津島日記は資料的価値が高く、通信使船の絵図面は特に貴重。佩川は韓国では無名だが、これから人気が出るかもしれない」と述べた。

=2017/05/18付 西日本新聞朝刊=

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