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400年続く「戦いの記憶」 名護屋城博物館で企画展 [佐賀県]

「語り継がれる名護屋城」展では、大名家が先祖の武功をたたえるために描いたびょうぶも展示されている
「語り継がれる名護屋城」展では、大名家が先祖の武功をたたえるために描いたびょうぶも展示されている
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 豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592~98年)の拠点となった唐津市鎮西町の名護屋城。出兵終結後、壮大な城郭は役目を終え、江戸初期には廃城となった。だが江戸時代を通じて武家社会では先祖の手柄話として、庶民の間では虎(とら)退治などの逸話の形で「戦いの記憶」は受け継がれた。名護屋城跡に隣接する県立名護屋城博物館で開催中の「語り継がれる名護屋城」は、現代に至るまで約400年にわたって人々の記憶に残り続けた城跡にまつわる歴史を紹介する企画展だ。11月5日まで。観覧無料。

 朝鮮出兵の際、全国の大名が名護屋城に参陣し、海を渡った。江戸時代、各大名家にとって先祖が挙げた朝鮮出兵の武功は、家の成り立ちを明らかにする上で非常に大切にされたという。

 今展は鍋島家(佐賀藩)と立花家(柳川藩)、黒田家(福岡藩)などの史料約90点を展示。柳川藩初代藩主の立花宗茂が漢城(現ソウル)に迫る明・朝鮮軍を撃退した奮戦ぶりを賞した秀吉の感状に加え、その感状を江戸に送るよう指示した文書も併せて並べ、感状が必要に応じて閲覧されていたことが分かる内容とした。

 また、福岡藩初代藩主、黒田長政の重臣の子孫が江戸後期、先祖の戦功をたたえるために作った絵巻物や黒田家に伝来する蔚山(うるさん)城の攻防戦を描いたびょうぶも出展されている。

 秀吉の一代記「太閤記」が出兵終結から40年後に刊行されると、娯楽性のある物語として庶民にもてはやされた。秀吉の命で朝鮮に渡った加藤清正の「虎狩り」の勇壮なイメージが人気を呼ぶ。挿絵を豊富に加えた絵本太閤記や虎狩りを描いた錦絵、清正が討ったと伝わるトラの顎骨の展示を通して、説話が浸透していった時代状況を説明している。

 近代に入り名護屋城跡は、日清、日露戦争、韓国併合を経て大陸進出の機運が高まる中、大正期の旅行ブームもあって観光地へと変貌した。当時の土産物用の写真絵はがきも紹介し、今は松くい虫被害で姿を消した松が生えていた頃の城跡を見ることもできる。

 関連イベントとして8日午後1時半から、鹿児島国際大学の太田秀春教授が「朝鮮の役の城と近代 倭城と名護屋城」と題して記念講演する。聴講無料で申し込み不要。

=2017/10/05付 西日本新聞朝刊=

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