絵付け筆行商、半世紀 窯業地の発展支える [佐賀県]

陶筆を並べ、絵付け師の来店を待つ山中さん夫妻
陶筆を並べ、絵付け師の来店を待つ山中さん夫妻
写真を見る
山中さん夫妻が取り扱ってきた陶筆の毛(畑萬陶苑蔵)
山中さん夫妻が取り扱ってきた陶筆の毛(畑萬陶苑蔵)
写真を見る

 伊万里・有田地区を中心とした肥前窯業圏で、半世紀にわたり陶磁器の絵付けに用いる陶筆の行商を続ける人がいる。筆の名産地、広島県熊野町の筆店「妙勝会(みょうしょうかい)」の山中禎祐さん(82)。筆を満載したトラックで窯元を巡り、焼き物の里の発展を支えてきた。

 山中さんは30代で家業を継いだ。「絶対に嫌だったが、東京で遊んでいたのをおやじに連れ帰られた」。1967年に初めて訪れた伊万里市は、大水害の直後だった。復興に立ち上がった窯元を一軒一軒回ることから始めた。陶磁器産業の発展とともに、現場の要望で取り扱う筆の種類も、量も増えていった。

 バブル期はトラックで運ぶだけでは足りず、ミカン箱で次々と追加の筆を送った。だがここ20年は転写やパット印刷技術の広がりで、筆の需要は落ち込むばかり。熊野町でもベテランの職人が減り、品質の維持が難しくなっている。「おいらも飯の食い上げだな」。そう言って、寂しそうにきせるでたばこを吹かす。

 それでも、3カ月に1度は妻の玲子さん(79)と広島からトラックでやって来て、各地の窯元や有田町の県陶磁器工業協同組合を回る。首もとにはネッカチーフがのぞき、スーツにはしわひとつ無い。ファッションにはこだわりがあり「これだけが道楽だよ」。

 80歳を過ぎて渋みが増した。顧客の絵付け師たちは親しみを込めて「おいしゃん」と駆け寄る。「だいたい、みんな子どものころから見てきたからな」。山中さんは産地の事情通でもある。

=2018/01/05付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]