和紙文化定着させたい 伝統守り続ける 「名尾手すき和紙」6代目谷口祐次郎さん [佐賀県]

リズム良く簀桁を動かして紙をすく谷口祐次郎さん
リズム良く簀桁を動かして紙をすく谷口祐次郎さん
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 「チャプ、チャプ」。工房に水の揺れる音が響く。佐賀市大和町名尾の「名尾手すき和紙」6代目の谷口祐次郎さん(52)は、木枠にはけを張った「簀桁(すげた)」を白濁した水に浸し、前後上下に静かに揺する。水に溶けた梶(かじ)の皮と粘性を出すトロロアオイが、次第に和紙を形作っていく。「ティッシュの10分の1の厚みを調整する。手の感覚だけでは分からず、今でも失敗することがある」

 和紙の工程は原料の梶栽培や雑草取り、皮干し、紙すきなど100近くに及ぶ。先代の父進さん(86)は「とうとう上手にならなかった」と言いながら、70代後半で第一線を退いた。

 名尾和紙には約300年の歴史があり、県重要無形文化財に指定されている。脊振山系の山間部にある名尾地区は、田畑が比較的少なく冬は雪で覆われる。そのため、自宅でできる手すき和紙作りが広がったという。

 しかし、パルプを原料とする安価な紙の大量生産に押されて手すき和紙は衰退。簀桁を作る職人は高齢化し、新たな発注も困難になった。6代目を継いだ1990年、名尾地区には谷口さんの工房しか残っていなかった。

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 佐賀市の高校を卒業後、紙製品問屋に7年間勤務した。当時はバブル全盛期。会社の給与はどんどん増えたが、実家の和紙の需要は減り続け、工房の存続が危ぶまれた。「自分が継がないと伝統が途絶えてしまう」と考えたが、親でさえ反対した。それでも「とりあえず一度やってみよう」と腹を決めて会社を退職。梶の栽培から修行を始めた。

 すぐに「考えが甘かった」と気付かされた。当時、主な商品は白いちょうちんだけ。それさえも、やがて客足が遠のいた。観光地として盛り上がり始めた三瀬村(佐賀市)の道端にござを敷いて商品を売り、毎日を食いつないだ。

 先進地の製法を学ぼうと、高知県の土佐和紙や岐阜県の美濃和紙、福井県の越前和紙など、全国の産地を5年間かけて回った。原料の違いや色染めの技法、用途を勉強して「胸を張って『私が作った』と言える名尾和紙にする」と誓った。丈夫で長持ちする和紙の特長を生かして和菓子のパッケージや学校の卒業証書、熱気球を描いたカレンダーを製作した。

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 2014年、埼玉県の細川紙など3地区の和紙が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。登録を喜ぶ一方、複雑な気持ちもあった。「手すき和紙は、絶滅しそうな、希少な存在と見られている。文化を守らなきゃいけない」

 16年にブランド構築や流通・販売、情報発信までを一貫して支援する県の「さが土産品開発コンサルティング」事業に選ばれ、昨年8月に株式会社「名尾手すき和紙」を設立した。在庫管理を徹底して商品価値の向上に努め、工房近くの売り場に柔らかい光を放つランタンやブックカバー、扇子を並べる。

 「機械で作られた紙とは違う特色を出し、気軽に使ってもらえる和紙として定着させたい」

=2018/01/09付 西日本新聞朝刊=

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