武雄の焼き物の祖没後400年 深海宗伝の功績知って 観光協会が顕彰事業展開 [佐賀県]

深海宗伝没後400年記念に、武雄市内の窯元が作った杯の一例
深海宗伝没後400年記念に、武雄市内の窯元が作った杯の一例
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 武雄の焼き物の祖、深海宗伝(?~1618)が今年、没後400年を迎えたのを記念して、武雄市観光協会は記念碑建立などの顕彰事業や市内の20の窯元が作る「記念杯」の販売をはじめ、武雄の焼き物の歴史と特徴をPRする。

 深海宗伝は、豊臣秀吉の文禄・慶長の朝鮮出兵(1592~98)に従軍した武雄の領主、後藤家信が朝鮮から連れ帰った陶工集団の1人。宗伝は現在の同市武内町に窯を開き、在来の技法に朝鮮の技法を加えるなど発展に努めた。妻の百婆仙は宗伝の死後、磁器作りに適した土を求め、子や一族と有田に移り、1656年に96歳で亡くなるまで有田焼の陶祖、李参平らと有田焼の礎を築いた。子孫の深海墨之助(1845~86)も名工として知られ、明治維新期に肥前陶磁器を海外に輸出した「起立工商会社」や香蘭社の設立(75年)などに携わった。

 市観光協会は顕彰事業として、市内の窯元に「宗伝」の銘を入れた杯の製作を依頼。伝統的な武雄焼の技法である、白い刷毛(はけ)目地に鉄釉(ゆう)や銅緑釉で絵柄を描く「鉄絵緑彩」や、素地に文様を彫り、異なる色の土を塗る「象嵌(ぞうがん)」などを施したさまざまな杯の販売を10日に始めた。収益の一部は記念碑建立の財源に充てる。

 協会の宮下正博常務理事は「明治維新150年関連の行事や、九州陶磁文化館(有田町)で10月開催予定の古武雄展と合わせ、肥前陶磁史における武雄の焼き物の位置付けや、宗伝の功績を知ってほしい」と話している。

=2018/02/14付 西日本新聞朝刊=

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