「普茶料理」小城に息づく 幕末に伝来“幻”の精進料理 主婦グループが継承 [佐賀県]

60人が参加した春の食事会
60人が参加した春の食事会
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普茶料理が伝わった星巌寺の楼門
普茶料理が伝わった星巌寺の楼門
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タケノコの煮付けなどを盛り付けた大皿
タケノコの煮付けなどを盛り付けた大皿
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 黄檗宗(おうばくしゅう)の開祖、隠元禅師(1592~1673)が中国から日本へもたらした「普茶(ふちゃ)料理」。精進料理ながら植物油を多く用いた濃いめの味付けと、4人で一つの座卓を囲んで料理を取り分ける会食作法が特徴だ。九州の小京都と称される小城市では、主婦グループ「おぎ春香会」(約20人)が春と秋の年2回、普及と継承を兼ねて食事会を催している。ユニークな取り組みを取材した。

 「わあ、きれい」。同市小城町の小城公民館晴田支館で4月22日にあった春の食事会。参加した約60人は盛り付けられた料理の色鮮やかさに目を見張った。

 献立はごま豆腐、ソラマメの雲片(うんぺん)、山芋の茶わん蒸し、タケノコの煮付けなど約30品目。メインは野菜や山菜を揚げた油茲(ゆじ)の盛り合わせで、豆腐で作った「ウナギのかば焼き」などの“もどき”が目を引いた。

 煮る、焼く、揚げる-。いずれの料理も手が込んでいる。客の一人、鳥栖市の松田良江さん(75)は「素材の味を生かした上品なおいしさ。心尽くしの品々に感心した」と満足げに語った。

 春の食材はタケノコが中心。この日のために春香会の会員たちは近くの黄檗宗寺院星巌寺(せいがんじ)の裏山でタケノコ掘りに精を出した。中尾幸子会長(77)は「今年は時季が合ったのでたくさん採れたけど、例年量の確保に頭を痛める」と話す。

   *    *

 小城に普茶料理が伝わったのは幕末。星巌寺の住職が長崎で習得したのが始まりとされる。戦後、寺の荒廃とともに途絶え“幻の料理”となった。

 だが、時代が平成へと変わるころ「小城伝統の味を地域の子どもたちに知ってもらおう」との機運が高まった。中尾会長たちは、星巌寺の味を覚えていた近所の北村ソノさん=1999年、94歳で死去=に指導を仰ぎ、90年に復活させた。

 以来、およそ30年。春香会は食事会のほか、毎月第3土曜日に晴田支館で研修会を開き、調理の腕前向上とレシピの充実を図っている。

 「季節を感じる料理を出すなど、大変勉強になった」。管理栄養士を目指している西九州大4年加藤めぐみさん(21)=福岡県柳川市=は春の食事会で盛り付けと配膳を手伝い、活動に興味を持ったという。

 次回の食事会は11月に予定している。

=2018/05/03付 西日本新聞朝刊=

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