タイラギ漁復活見えず 有明海で個体数激減、6季連続休漁 潜水漁師3人、後継者不在 [佐賀県]

総重量60キロを超えるヘルメット式潜水器。海底を照らすライトも装着している(中尾勘悟さん写真集「有明海の漁」1989年刊行より)
総重量60キロを超えるヘルメット式潜水器。海底を照らすライトも装着している(中尾勘悟さん写真集「有明海の漁」1989年刊行より)
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タイラギの貝柱とビラの刺身。うまみと食感に感動する
タイラギの貝柱とビラの刺身。うまみと食感に感動する
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とがった方向が海底に刺さる形で生息するタイラギ
とがった方向が海底に刺さる形で生息するタイラギ
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福岡県大牟田市にあったテーマパーク「ネイブルランド」ではタイラギ漁を再現する潜水ショーもあった=1995年
福岡県大牟田市にあったテーマパーク「ネイブルランド」ではタイラギ漁を再現する潜水ショーもあった=1995年
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豊漁だった時代、船上はタイラギで埋まった=1995年、太良町大浦の道越港
豊漁だった時代、船上はタイラギで埋まった=1995年、太良町大浦の道越港
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 「金属靴が、海底一面に立ったタイラギを踏んでガシッと音がしたものだ」。かつて御殿や旅館が建つほどの利益を上げた有明海のタイラギ漁は、個体数の激減で2012年度から6季連続の休漁に追い込まれている。拠点の太良町大浦では、潜水漁師の数はわずか3人に減少し、後継者もいない。佐賀のタイラギ漁はどうなるのか。

■口に広がるうまみ

 「貝柱とビラ(身)を一緒に食べてみて」。太良町で旅館「一福荘」を営む元潜水漁師梅崎義行さん(66)が勧めるタイラギの刺し身をいただく。食感はさわやかで、広がるうまみに驚いた。口中に余韻が染みわたる。

 ただ、調理してもらったのは瀬戸内産だ。「有明海の砂地に立ったタイラギはもっとうまいよ」と元潜水漁師の船口博久さん(70)が口を添える。梅崎さんは旅館を、船口さんは“御殿”を建てた。豊漁の時代は貝柱だけを取り、ビラは鶏のえさにしたり、畑の肥料としてまいたりしていたという。

 かつて竹崎カニと並び、同町の特産だった有明海産のタイラギは、今や幻の食材だ。

■100年前に海外から

 有明海のタイラギ漁は、船上から空気を送るヘルメット式潜水器を着用した漁師が、海底に立っている貝を棒の先に鋭い金属を付けた手カギで引っかけ、スカリという袋に集めるやり方だ。1914~16年に朝鮮から伝わったとされ、当初は現地の潜水漁師を雇用していたという。

 60年代から、空気を送る装置が手押しポンプからコンプレッサーに代わり、船との通話やヘッドライトが使えるようになった。安全性や効率が飛躍的に向上し、1回で350キロを水揚げする腕利き漁師も登場。大浦漁協(現県有明海漁協大浦支所)には全漁師の水揚げ、売り上げが張り出された。

 「みんな一等になろうと切磋琢磨(せっさたくま)した。私は毎日日記を付け、どうしたらもっと取れるかばかり考えた」。同支所の弥永達郎運営委員長(62)は懐かしむ。

 漁獲は60年度に3146・5トン、売り上げは77年度に22億1900万円、操業隻数は76年度に285隻とそれぞれピークを記録。同町は好況に沸いた。

■諫干がとどめ?

 元々タイラギの漁獲量は波があると言われ、一時的な不漁はあってもしばらくすれば回復していた。しかし、98年度に激減した漁獲は99年度、ついにゼロという未曽有の事態に陥った。2009年度の112・6トンという瞬間風速的な豊漁を最後に、12年度以降6季連続の休漁を余儀なくされ、復調の兆しは全く見えない。

 潜水漁経験者が異口同音に指摘する不漁の要因は(1)1985年の筑後川大堰(おおぜき)の完成で有明海海底に砂が供給されなくなった(2)ノリの酸処理や色落ち対策の肥料散布、色落ちしたノリの海中投棄による環境汚染(3)97年の国営諫早湾干拓事業による潮受け堤防閉め切り後、潮流が遅くなり、泥の巻き上げによる海のにごりがなくなった。結果、赤潮が頻発するようになった-。

 諫干開門訴訟の勝訴原告の一人、平方宣清さん(64)は「タイラギは宝の海の象徴だった。休漁が環境悪化のバロメーターになっているのは悲しい」と嘆く。

■瀬戸内海に出稼ぎ

 太良町の潜水漁師は、有明海の不漁が深刻化してから、瀬戸内海・塩飽(しわく)諸島海域が唯一の働き場となり、12月から翌年4月まで出稼ぎを強いられている。

 漁師の大鋸史崇(おおがふみたか)さん(40)は「小学4年の長男は漁師をしたいと言ってくれるが、今のような状況では継がせられない」と複雑な表情。50歳の潜水漁師も「有明海に比べ、漁場の水深が深く、潜水病の危険も大きい」と話す。

 弥永運営委員長は声を絞り出した。「タイラギ漁の技を伝授しようにも、まず有明海で取れるようにならなければ。名人も高齢化してしまった」

 漁場の再生と後継者の育成へ、残された時間はもうほとんどない。

=2018/05/17付 西日本新聞朝刊=

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