山津波の恐ろしさ学ぶ 62年、太良町住民44人犠牲 大浦小児童が被災体験談聞く [佐賀県]

大浦小の児童に水害の体験談を話す栗山栄さん
大浦小の児童に水害の体験談を話す栗山栄さん
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1962年7月8日の水害では、大浦小近くの山(左上)が崩落し大量の土砂が肥前大浦駅(右下)にも流れ込んだ
1962年7月8日の水害では、大浦小近くの山(左上)が崩落し大量の土砂が肥前大浦駅(右下)にも流れ込んだ
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大浦小の校庭は大量の土砂と流木で埋まった
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 太良町大浦地区で住民44人が犠牲となった1962年の山津波について知り、災害の恐ろしさと早期避難の大切さを学ぼうと、同町の大浦小(山口芳民校長、156人)の全校児童が9日、被災者の体験談に耳を傾けた。

 大浦地区では、同年7月8日午前2~8時に604ミリの集中豪雨があり、同小近くの権現山などで山津波が発生。大量の土砂が民家などを押し流し、甚大な被害を出した。後年「7・8災害」と呼ばれた。

 同小では毎年この時期、犠牲者の冥福を祈り、体験談を聞く集会を開催。この日は18歳の時に被災した栗山栄さん(74)が「誰かが『山が来た』と叫んだ。足からあっという間に泥に埋まり、顔だけ出た。木に引っかかった雨がっぱを歯で食い破って脱出した」「権現山の木が立ったままで流れ下り、大浦小の校庭を埋めた」と生々しく語り、子どもたちに「台風や大雨が来たら十分注意してほしい」と呼び掛けた。

 6年生の境田真帆さん(11)は「自然災害は人の手で止められないので、先生や家族の指示に従って早く避難するようにしたい」と話していた。

=2018/07/20付 西日本新聞朝刊=

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