故笹沢左保さん顕彰広がる 移住した佐賀市 記念館の定期公開機に [佐賀県]

旅館大和屋の喫茶室には笹沢さんの作品が並ぶ
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笹沢さんの邸宅を活用した笹沢左保記念館
笹沢さんの邸宅を活用した笹沢左保記念館
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「笹沢さんの仕事場だったころの雰囲気がそのまま残っています」と話す笹沢左保記念館の島ノ江修治館長
「笹沢さんの仕事場だったころの雰囲気がそのまま残っています」と話す笹沢左保記念館の島ノ江修治館長
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 ヒット小説「木枯し紋次郎」を生んだ作家、故笹沢左保さんは佐賀市富士町を愛してやまなかった。山々の景色に魅せられ、この地に移り住み、晩年の作品を手がけた。かつての邸宅を生かした笹沢左保記念館が昨年から定期公開され、笹沢さんを顕彰する動きが広がっている。

 「縁を大事にしていた笹沢さんは佐賀を愛し、貢献してくれた」。記念館の島ノ江修治館長(73)は笹沢さんとの縁を大切に思う。

 笹沢さんは横浜市出身で、東京都内で数々の推理小説や時代小説を執筆。九州に講演で訪れた際、紋次郎の舞台「三日月村」という架空の地名と似た三日月町(現・小城市三日月町)が存在することを知った。

 1987年、療養のため、三日月町の病院に入院。退院直前に富士町(現・佐賀市富士町)の「古湯映画祭」に招かれ、山あいの風景に一目ぼれ。翌88年には富士町に邸宅を構えて移住した。7年間、山々を臨む仕事場で原稿を書いたという。体調が悪化して病院に近い佐賀市兵庫町で約6年を過ごした後、家族が暮らす東京都小平市に戻った。その1年後の2002年、71歳で死去した。

 佐賀で手がけた作品は約120冊。「取調室」シリーズは佐賀市や鳥栖市など県内各地を舞台にした警察小説。ほかにも小説やエッセーで佐賀をPRし、新人作家の登竜門として知られた「九州さが大衆文学賞」も創設した。

 富士町には、笹沢さんの邸宅が残された。ミサワホーム佐賀が購入し、自社の研修所を兼ねる形で記念館をオープン。希望者がいれば日曜日だけ公開してきた。同社の社長が、仕事で縁があった島ノ江さんに「もっと活用したい」と協力を呼びかけ、昨年4月から木~月曜日に定期公開するようになった。

 記念館には、離れの旧仕事場に直筆の原稿や著作約300冊以上が並ぶ。ほぼ壁一面を埋める書棚や、薄紅色のカーテンが当時のまま残され、笹沢さんの在りし日の面影をしのばせる。常駐のボランティアの解説もある。母屋の旧住居には食卓や風呂などが残され、希望者は見学できる。

 記念館は今年からイベントや広報活動に本格的に取り組み始めた。10月には笹沢さんの命日に合わせた催し「紋次郎忌」を開き、ファンや温泉客でにぎわった。来場者に渡したのは古湯温泉の入浴割引券。「記念館だけでは人は集まらない」と考え、温泉旅館や地域と一体になり、人が循環する仕組みづくりを目指す。

 記念館が呼びかけ、今春、近隣の旅館も動きだした。旅館14軒の館内に笹沢さんの著作を並べる「笹沢文庫」。旅館大和屋では喫茶室に約15冊を置き、宿泊客はコーヒーを飲みながら読書を楽しめる。若旦那の山口勝也さん(55)は「部屋でゆっくり読むお客様も多い。特に連泊の方に人気。旅館から記念館までは散歩に良いので、紹介すると喜んでもらえる」と話す。

 笹沢さんの顕彰はボランティアたちに支えられている。島ノ江館長は「若い人にもPRして記念館を知ってもらい、担い手を増やしたい」と期待を込める。

 記念館は午前10時~午後5時まで。入場料は大人300円、小学生以下無料。問い合わせは記念館(ミサワホーム佐賀)=0952(23)7141。

=2018/11/08付 西日本新聞朝刊=

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