島義勇の銅像完成 佐賀七賢人、北海道開拓に尽力 佐賀市 [佐賀県]

お披露目された島義勇の銅像
お披露目された島義勇の銅像
写真を見る
銅像の近くには島の功績や足取りを紹介した銘板も設置されている
銅像の近くには島の功績や足取りを紹介した銘板も設置されている
写真を見る

 幕末や明治期に北海道の調査・開拓に尽力した佐賀県出身の島義勇(よしたけ)(1822~74)の銅像が完成し、佐賀市で11日、除幕式があった。明治維新150年を機に地元で光が当たっていない島の功績を知ってもらおうと、県がふるさと納税で2300万円の寄付を集めて制作。式典には島の子孫や活躍の舞台だった北海道の市民も駆けつけ、偉人の功績をたたえた。

 明治政府の開拓判官として札幌入りした島は、この地に世界一の都市を作ることを構想。現在196万人に膨らむ札幌市のまちづくりに影響を与えたとされる。その功績から大隈重信や江藤新平らと並び「佐賀の七賢人」と称されるが、江藤とともに佐賀の乱で処刑され、七賢人では唯一、単独での像や碑がなかった。

 高さ2・5メートルの銅像は、佐賀藩主鍋島直正の命を受け、蝦夷地調査に向かう若き日の島の姿を表現。除幕式に参加した、島から数えて5代目の子孫、谷温子さん(64)=静岡市=は「すごく感動している。明治維新150年を機に島に対する歴史解釈が変わったのはうれしい」と話した。

 制作に当たっては、島ゆかりの北海道からも支援があった。費用の約1割に当たる二百数十万円は道内からの寄付で、佐賀県以外の都道府県では最多。式典には来賓の高橋はるみ北海道知事や札幌市の秋元克広市長のほか、道内の一般市民ら約30人がツアーを組んで参加した。

 銅像のために寄付した北海道神宮の吉田源彦宮司(76)は「北海道からもかなり寄付があり、佐賀との絆が強まったはず。両者の間で深まった交流を次世代につなげる」と話した。

=2018/11/13付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]