「ディープな呼子」案内人と巡る 江戸時代の面影残す 空き家増加が課題に [佐賀県]

現在も金物店として営業を続ける「谷口本店」
現在も金物店として営業を続ける「谷口本店」
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江戸時代に建てられた「永井酒店」
江戸時代に建てられた「永井酒店」
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狭い路地の両脇に古い町並みが広がっている
狭い路地の両脇に古い町並みが広がっている
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八幡神社から望む呼子の漁師町。民家の奥に呼子大橋が見える
八幡神社から望む呼子の漁師町。民家の奥に呼子大橋が見える
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 名物のイカや朝市が多くの人を引きつける呼子(唐津市呼子町)。観光客があまり足を踏み入れない路地には古い町並みが広がり、江戸時代の面影を残す建造物も多い。地元の市民団体が「ディープな呼子」を案内してくれると聞き、参加してみた。

 町歩きの集合場所は、江戸時代に捕鯨で巨万の富を築いた鯨組主の屋敷として建てられた「鯨組主中尾家屋敷」(県重要文化財)。捕鯨で栄えた呼子の往時をしのぶ観光名所だ。屋敷を管理する地元市民団体「呼子鯨組」と、古い街並みを守る活動をしているNPO法人「からつヘリテージ機構」の案内で出発した。

 参加者は両団体の募集に応じた約10人。観光客でにぎわう「朝市通り」は屋敷の南側にあるが、今回は人けもまばらな北に向かう。100メートルほど歩くと、白漆喰(しっくい)の外壁が特徴的な「永井酒店」が見えてきた。18世紀末に建てられた木造2階建てで、対馬藩主が参勤交代などの際、宿所に使ったとされる。「店の奥にある吹き抜けは建築当時のまま。江戸時代の雰囲気が残っています」。同機構の菊池郁夫理事長(64)が解説してくれた。

 続いて金物店の「谷口本店」に向かった。外壁に掛かる「株式会社谷口本店」と書かれた大きな看板が時代を感じさせる。19世紀中期の建物で、1894(明治27)年、現所有者の先祖が酒場を買い取り、金物店を構えたといわれる。「これまで大きな改造はされておらず、呼子の町家の構造や配置がよく分かる建物です」と菊池さん。永井酒店と同様、国の登録有形文化財の有力候補という。

   ■     ■

 呼子町文化連盟が2009年にまとめた「港町呼子-伝統的町並み調査報告」では、呼子湾と並行して走る1キロほどの通りに沿って広がる呼子の町には、築50年以上の伝統的建築物が200軒以上あった。うち江戸期が28軒、明治期が56軒に上る。菊池さんによると、呼子は古くから海上交通の要衝として栄えたが、大きな開発がなく、昔の町割と建物が残ったという。

 確かに歩いてみると、通り沿いに、明治中期に建てられた「前谷薬局」や船員らが利用した元公衆浴場「大阪湯」など、歴史を感じる建物が立ち並んでいる。集落の北にある八幡神社から町を見下ろすと、漁師町の民家の瓦屋根が一面に広がり、壮観だった。

 ヘリテージ機構と呼子鯨組は今後、国の重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)の選定を目指すことを検討している。菊池さんは「これだけ古い建物がそろって残っている町並みは県内でもあまりなく、価値が高い」と太鼓判を押す。

   ■     ■

 ただ、課題もある。高齢化や人口流出に伴い、空き家が増えていることだ。呼子鯨組代表の八幡崇経さん(60)は「放置されていたり、壊されたりする家もあり、伝建地区になるまで町並みが維持できるか心配している」と話す。

 八幡さんは今回のような町歩きイベントを通し、町に関心を持つ人が増え、空き家をカフェやゲストハウスに活用しようという動きが出てくることを期待している。「『古民家がある港町』を発信し、外の人の力も借りながら、伝建地区に向けた地元の機運を盛り上げたい」と八幡さん。近い将来、呼子に新たな観光名所が誕生する日が来るかも知れない。

=2018/12/06付 西日本新聞朝刊=

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