「楠公父子像」劣化防げ 伊万里・熊野神社の有田焼大作 説明会開催 保存の機運高まる [佐賀県]

熊野神社の楠公父子像(現在)=今月17日撮影=
熊野神社の楠公父子像(現在)=今月17日撮影=
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2年前の楠公父子像=2017年3月撮影=に比べ、右の子どもの正行の顔が破損している
2年前の楠公父子像=2017年3月撮影=に比べ、右の子どもの正行の顔が破損している
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説明会で概要を解説する有田町歴史民俗資料館の尾崎葉子館長
説明会で概要を解説する有田町歴史民俗資料館の尾崎葉子館長
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 伊万里市大川町の熊野神社にある有田焼の大作「楠公(なんこう)父子像」の保存に向けた機運が地元で盛り上がりつつある。有田町岩谷川内にかつてあった松尾窯の松尾徳助(1857~1926)が明治半ばに作り、内国勧業博覧会に出品したが、長年風雨にさらされ、破損が進んでいる。17日には地元の駒鳴公民館で初めて説明会が開かれた。

 父子像は南北朝時代に後醍醐天皇に忠義を尽くした武将、楠木正成と息子の正行がモデル。熊野神社にいつから、なぜ置かれているのかは分かっていない。屋外にあるため強風や枯れ枝の落下で年々破損し、近隣住民が正行の顔部分をテープで仮補修していたが、この2年間で崩れ落ちた。

 松尾徳助は長崎県佐世保市の黒島天主堂の磁器タイルを制作したほか、西欧の万博に出品して業績を残した。熊野神社の像は2対制作し、うち1対を1890年に内国勧業博覧会に出品し、現在の一橋大に寄贈した。同年の学友誌に「第3回内国勧業博覧会に出品せられし楠公父子の肖像を寄付せらる」とあるが、同大には現存しておらず、大川町の父子像のみが残っている。

 17日の説明会では有田町歴史民俗資料館の尾崎葉子館長が概要を解説。佐賀藩で幕末、楠木父子の忠義をたたえる結社「義祭同盟」が結成されたことなどを紹介し、「この地にも義を重んじる精神が浸透し、父子像が置かれたのではないか」と語った。会場には徳助のひ孫の蒲地孝典さん(70)=有田町=も駆けつけた。

 同町の野中廣見さん(89)は「戦前には像はまだ立派で子どもたちで掃除もしていた。博覧会に出品されたと伝え聞いていた」と話す。説明会開催を呼びかけた市議(57)は「地元の文化財を保存するため、広く理解と協力を求めたい」としている。

=2019/03/18付 西日本新聞朝刊=

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