被災地の教育 人材こそ復興の原動力に

 ■東日本大震災7年■

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から、きょうで7年になった。思うように進まない復興を中長期に見据えるためにも教育による人材育成は大切な課題だ。

 今月1日、復興を担う人材育成を掲げる福島県立ふたば未来学園高校(同県広野町)で初の卒業式があった。

 ●教室から出て地域へ

 「学ぶ覚える身につける 腑(ふ)に落ちるまで考える 深くて広い心と体 未来に向かうこの自分 すこやかにしなやかに」

 体育館に詩人の谷川俊太郎さん作詞、福島県出身のクリエーティブディレクター箭内(やない)道彦さん作曲の校歌が響いた。地名も登場しない歌詞は、この高校に通う生徒たちの目指す姿勢を表現する。

 巣立った1期生140人のうち92人が福島第1原発の周囲に広がる双葉郡6町2村の出身だ。多くが避難生活を経験している。佐藤勇樹さん(18)もその一人だ。

 原発事故時に小学5年生だった佐藤さんは家族とともに古里の富岡町を離れて避難生活を送った。つらい経験だったはずだ。しかし復興の課題や方向を探る高校の「未来創造探求学習」では、双葉郡の復興を考える班で活動した。

 佐藤さんは、生産した野菜を顔の見える関係で販売し、交流の場にもする「ファーマーズマーケット」の企画と開催に取り組んだ。同様の催しを米国研修で知ったという。広野町の農家で畑を借り、農作業の手ほどきも受けた。インターネットで活動資金を募るクラウドファンディングは金融機関に相談した。広野町役場に出向き、資金募集の記者会見もした。

 さまざまな分野の人たちを訪ねる際には、農業の状況や自治体の仕組みなどを事前に調べた。「高校生だからと甘えて初歩的な内容までは聞けない」という。教室から地域に飛び出した学習である。

 ふたば未来学園高校は2015年4月、原発事故で学校ごと避難した双葉郡内の県立5高校を集約する形で開校した。総合学習の時間などを使う未来創造探求学習だけに力を入れるわけではない。

 英語、数学、国語の習熟を徹底し、進路に応じて実業系や福祉、スポーツの選択科目も重視する。来年4月には中高一貫校になる。

 「学力か、生きる力か」はしばしば教育論争にもなるが、どちらも欠かせない。教科だけでは社会や地域の課題はつかめないし、本を読み思考する学力は必要だ。

 両方を関連付ける教育は、追い詰められた被災地だからこそ実践できるのかもしれない。

 ●古里を熱く語る生徒

 双葉郡の多くの地域では学校も避難を余儀なくされた。住民が県内外に分散する中、各校とも児童・生徒は激減した。地域教育崩壊寸前の事態といえる。

 「厳しい状況から何を学び、どう変革するか、教育も問われた。震災前と同じ価値観では現実社会に対応できない」と話す丹野純一校長(51)は最近、手応えを感じ始めたそうだ。

 進路や夢を聞くと、生徒たちは高齢化や生活インフラの乏しさなど古里の課題に向き合う道を選びたいと熱く語るという。佐藤さんも4月から福島大で行政を学ぶ。「大好きな富岡をいつかサポートしたい」と夢を描く。

 被災地の教育復興は始まったばかりだ。4月には浪江と富岡両町、飯舘と葛尾両村、川俣町山木屋地区に小中併設校が開校する。避難指示の解除を受けて小中学校も古里に戻ることになった。

 だが、住民の避難先定着が進む中、古里に開校する小中学校に通学を予定する児童・生徒は決して多くない。浪江町と富岡町は避難先の仮校舎も併存させる。飯舘村や葛尾村は住民の避難先と学校をスクールバスなどで結ぶという。

 復興はさまざまな分野に及ぶ。住宅、道路、港湾、生活、医療、福祉、自治、産業-どれが欠けても復興とは言えない。

 教育の復興は人材育成が目的だけに、いつどんな成果が出るのか見通しにくい。それでも7年を迎えた被災地にとって、教育は地域の今後をかけた重要な鍵である。人材こそが、さまざまな分野の復興の原動力になるからだ。

 教育を通した人材育成は、地域活性化に取り組む九州など全国共通の課題でもある。

=2018/03/11付 西日本新聞朝刊=

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