憲法記念日 国政の危うさを見据えて

 「自業自得」「自縄自縛」という熟語があります。

 自分の言行の報いは自分に返ってくる。過信、思い込みによって自身が縛られ、苦境に陥る-。

 安倍晋三政権が置かれた状況とそっくり重なっていないか。

 安倍首相が主導する憲法改正の動きが勢いを失っています。閣僚や官僚らの不祥事、不正疑惑が次々に露見し、政権への信頼そのものが揺らいでいるからです。

 そもそも、今の政府、与党に憲法を論じる資格はあるのか。そんな根源的な疑問も禁じ得ません。

 ▼終わりのない営み

 憲法記念日に当たり、改めて思い起こしたい言葉があります。

 「憲法というものは常に未完成であり、世代を超えて紡いでいく壮大なプロジェクトである」

 戦前生まれで憲法研究の大家といわれた故奥平康弘さんが唱えた深遠な立憲国家像です。

 国内外の情勢や時代の変化に合わせて、憲法の条文や解釈は見直していかなければならない-という意味のようで、実は違います。

 国民主権を柱とした憲法の理念を現実の社会で実現していく。その取り組みは容易ではなく、国民が憲法と向き合う営みに終わりはない-という視座です。

 憲法があっても、社会の矛盾や課題は時代ごとに尽きることなく生じます。戦後70年余を経た今日に照らしても格差、貧困、虐待、過労死…といった問題が、私たちの暮らしを揺さぶっています。

 そこで何よりも問われるのは、為政者の姿勢です。国家権力を縛る憲法の本来的な役割を踏まえた上で、その精神を真に生かそうとしているのか、それとも憲法の趣旨を履き違え、国家を独善的な方向に導こうとしているのか。

 ▼増幅する政治不信

 安倍首相は1年前のきょう、改憲の「私案」を公表しました。自衛隊の存在を憲法上に明記することや教育の無償化に向けた条文を設けることを柱とし、東京五輪が開催される2020年に施行する-という内容でした。自民党はこれを基に、参院選の合区解消と緊急事態対応を含めた4項目の改憲案づくりを進めています。

 残念ながら、今なぜ改正を急ぐのか、現行法の枠内で対応が可能ではないか、といった疑問点が多く、拙速感は否めません。

 国会では、改憲以前の問題として深刻な病理があぶり出されました。「全体の奉仕者」たる政治家や官僚が時の権力におもねり、平気で国民の目を欺こうとする-。

 一連の森友学園を巡る公文書の改ざんや自衛隊の国連平和維持活動(PKO)日報の隠蔽(いんぺい)問題などです。後者では防衛相による組織掌握が欠如し、文民統制が揺らいでいる実態も露呈しました。

 世論調査では、改憲について賛否が拮抗(きっこう)しています。その一方で「安倍政権下での改憲」には反対が多数を占める傾向が続いています。加えて最近の調査では、内閣支持率が大きく下落しました。

 首相は国政選挙で連勝を重ね、長期政権の地歩を固めてきたものの、その陰に横たわる「安倍政治」への疑念や不信感がここにきて増幅している印象は拭えません。

 ▼大いに論じてこそ

 朝鮮半島では先週、南北の指導者が手を握り合って軍事境界線を互いに踏み越え、半島の非核化をはじめ朝鮮戦争の終結や祖国の統一を目指す文書を交わしました。

 無論、過去に幾度も態度を翻した北朝鮮の姿勢から履行を疑問視する声もあります。しかし半島の緊張緩和は歓迎すべきことです。圧力一辺倒ではなく、粘り強く対話を呼び掛けて局面の打開を図った韓国側の姿勢も評価できます。

 仮に半島の平和が短期間で実現すれば、安倍政権が北朝鮮の脅威を声高に叫んで憲法解釈を強引に変更し、安全保障政策の転換に走った根拠が逆に失われるかもしれません。そこをどうみるか。東アジア情勢の行方もまた、憲法の在り方と密接に関わっています。

 私たちは憲法を一切変えてはならない、という立場ではありません。むしろ憲法の役割については国民自らが大いに論じ、それによって国の姿を真摯(しんし)に見つめることが肝要である、と考えます。

 今、眼前にあるのは国政の危うさです。仮に改憲を考えるなら、国家権力を一段と縛るため、一内閣による憲法解釈の変更や首相の衆院解散権を制限すべきだ、という声もあります。これも国民的な議論に値するテーマです。

 私たちが享受する報道の自由も憲法が保障する営みです。決して権力に屈してはならない、と心に刻み、ペンを握り続けます。

=2018/05/03付 西日本新聞朝刊=

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