翁長知事死去 「沖縄への甘え」重い告発

 「沖縄が日本に甘えているのでしょうか。日本が沖縄に甘えているのでしょうか」

 沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事が8日亡くなった。その翁長氏が残した重い問い掛けである。

 翁長氏は1950年、保守系の政治一家に生まれた。自民党県議や那覇市長を務め、沖縄保守政界のエース的存在だった。

 しかし、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古沖移設計画を巡り民主党政権が迷走したのを機に、辺野古移設反対の旗頭の一人となり、その後の自公政権とも厳しく対立した。

 2013年、当時の知事が移設容認に転じると、保守・革新の枠を超えた移設反対派「オール沖縄」の候補として14年の知事選に出馬し、圧勝した。

 知事就任後も「辺野古移設反対」は揺るがず、移設を強引に進めようとする安倍晋三政権との対立は激しさを増した。

 「あらゆる手段で辺野古に新基地を造らせない」として、行政手段を駆使し建設阻止を図った。7月にはがん闘病でやせた体で辺野古沖埋め立て承認の撤回を表明したばかりだった。

 まさに命を削って、辺野古移設に抵抗する日々だったのだろう。「国策」に対する「地方からの異議申し立て」を体現した知事だったといえる。

 その異議は政権のみならず、沖縄の基地問題に無関心な本土の住民にも向けられた。「どちらが甘えているのか」発言は、「沖縄は基地の見返りの振興策で潤っている」などの論理で基地押し付けを正当化する本土住民に対する告発でもあった。

 行政処分での抵抗が数々の法廷闘争を招いたことには批判もある。ただ「移設阻止」を公約に掲げて当選した政治家が、公約実現のため自治体の首長として限られた手段を尽くすのはやむを得ない側面があった。その意味では、国と自治体とのあり方に一石を投じたともいえる。

 翁長氏は辺野古埋め立てを巡る国との訴訟の意見陳述で、沖縄に米軍基地が集中した経緯に触れ、こう述べた。

 「歴史的にも現在も沖縄県民は自由、平等、人権、自己決定権をないがしろにされてきた。私はこのことを『魂の飢餓感』と表現する」

 沖縄では翁長氏の死去を受けて、前倒しとなる知事選が9月にも実施される。自民党はすでに擁立する候補を決めており、移設反対派は「オール沖縄」候補の選考を急ぐことになる。

 ただ、知事選の結果がどうなろうと、政府や本土の住民が、「沖縄への甘え」に対する翁長氏の告発を真摯(しんし)に受け止め、沖縄県民の「魂の飢餓感」を理解しない限り、沖縄からの異議申し立ては続くだろう。

=2018/08/10付 西日本新聞朝刊=

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