終戦の日 「不戦の力」で平和主導を

 平和の尊さと戦争の愚かさ-。日本の近現代史の光と影を見つめるとき、私たちは今、特別な価値を帯びた時代を生きています。

 「平成」。この時代が体現した日本国憲法の理念、平和国家としての営みを次の時代、世代へとつないでいく。その使命を背負うのもまた私たちです。

 終戦から今日で73年、平成で迎える最後の「8・15」に当たり、“国のかたち”と報道の使命を改めて見据えたいと思います。

 ●文化や宗教を超えて

 アフガニスタン。戦争や内乱で荒廃し、干ばつで砂漠化した大地で今、水と緑がよみがえり、多くの命が救われています。

 福岡市の「ペシャワール会」現地代表の中村哲さん(71)らが2003年から進める用水路建設(緑の大地計画)の成果です。

 「武器より命の水を」。隣国パキスタンでの医療支援に端を発した活動は本紙でも度々紹介しています。そこで中村さんは現憲法の価値を繰り返し強調しています。

 日本が「不戦」を国是とすること。それが現地の人々に信頼感をもたらし、長年の活動の後ろ盾になっている、という実感です。

 その憲法に照らすと、1989年1月8日に始まる平成は、天皇が憲法の下で初めて「国民の象徴」として即位し、国家が一度も戦争の過ちを犯さなかった時代といえます。明治、大正、昭和の激動期とは明らかに異なります。

 「文化、宗教、信念が異なろうと、大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平和はありえない」

 91年に63歳で女性初、またアジア出身で初の国連難民高等弁務官に就任し、10年にわたって紛争の地を駆け巡った緒方貞子さん(90)の姿も忘れられません。

 国連の取り組みを改革し、アフガンを含めた各地で難民を救済、後に国際協力機構(JICA)理事長としても活躍しました。

 立場は異なるものの、中村さんの姿と併せて、平成は日本が非軍事分野で世界に貢献する姿を印象づけた時代でもあります。

 ●「人間の安全保障」へ

 「いよいよ憲法改正に取り組むべき時が来た」

 安倍晋三首相は先日、自民党総裁3選・首相続投に向けて自衛隊の存在を憲法に明記する改憲の必要性を改めて訴えました。

 集団的自衛権の行使を容認し、自衛隊の活動領域を全世界に広げた安全保障法制に、屋上屋を架すかのようです。武器輸出緩和や防衛装備増強なども含め、「積極的平和主義」の名の下で歴史の歯車が後戻りしていないでしょうか。

 国際情勢は確かに変容しています。89年は大きな分岐点でした。

「ベルリンの壁」崩壊です。東西冷戦終結後、各地では民族紛争などが多発し、テロや難民問題が深刻化しています。さらに地球規模で広がる気候変動や感染症への対策なども課題になっています。

 そこでは国家の枠を超えた「人間の安全保障」が叫ばれ、武力の根絶こそが求められています。であれば、平和憲法を持つ日本こそがその流れを主導すべきです。

 安倍首相が「強い日本を取り戻す」と意気込めば、中国の習近平国家主席が「偉大なる中華民族の復興」を唱え、トランプ大統領が「米国を再び偉大な国へ」と叫び…。大国の指導者がそろって内向きのスローガンを掲げる姿は、グローバリズムとは裏腹にナショナリズムの再来を想起させます。

 ●「戦争」はなお身近に

 1億491万6千人。この数字をご存じでしょうか。

 日本の総人口のうち、戦後に生まれた人の数(総務省推計、昨年10月1日現在確定値)です。総人口の82・8%に上ります。

 長寿の恩恵によって65歳以上の人口(3515万2千人)は膨らんでいるものの、ざっと計算すると、うち4割近くは戦後世代です。つまり「戦争を知らない高齢者」が年々増えています。

 元号別では平成生まれが3244万7千人に達し、総人口の4分の1を超えました。明治・大正生まれはわずか1・3%(170万7千人)まで減少しました。

 消えゆく戦禍の記憶を世代から世代へとつなぎ、不戦の誓いを守り抜いていく。そして為政者の独善、暴走を許さぬよう政治を監視していく。過去に悲劇の片棒を担いだメディアの役割が厳しく問われていることも事実です。

 戦争は“歴史上の遺物”ではありません。むしろ今もさまざまに形を変えながら私たちのそばに忍び寄っている-。そのことを胸に刻み、ペンを握り続けます。

=2018/08/15付 西日本新聞朝刊=

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