建設石綿訴訟 10連敗の国は総合施策を

 国の住宅政策の欠陥を断罪した判決である。高度経済成長期から今も広がる被害者の苦しみを直視し、国は救済に全力を挙げなければならない。

 建設現場でのアスベスト(石綿)による肺がんや中皮腫など、健康被害の賠償責任が争われた「建設石綿訴訟」で先月、大阪高裁が国と建材メーカーの責任を認めた。

 同種の集団訴訟は全国6地裁で複数起こされ、高裁判決は4件目だ。国に賠償を命じた判決は地裁、高裁で連続10例目となった。国は「10連敗」の重みを真摯(しんし)に受け止めるべきだ。

 耐火性に優れた石綿は建材に広く使われ、1960年代以降に大量に輸入された。

 国は66年、経済政策として住宅建設5カ年計画を策定し、国民に「夢の持ち家」取得を促してきた。集合住宅やビルの建設ラッシュが続いた。

 石綿の製造や輸入を禁止したのは2006年だ。同じ年に8期に及んだ住宅計画が終了している。それまでにも石綿の危険性は何度も指摘され、社会問題化していた。欧米各国は80年代に大きく消費量を減らしている。日本で健康対策が軽視されてきたのは明らかだ。

 判決は国の責任について、遅くとも1975年には建設現場での危険性を認識していたと指摘した。労働者の防じんマスク着用を事業者に義務付けなかったとし、違法性を認めた。

 国の責任割合は従来3分の1と認定されてきたが、「建材の普及は国の住宅政策に起因した」とし、初めて2分の1に引き上げた。石綿を含む建材製造は「代替化が進んだ91年に禁止すべきだった」と指摘した。

 石綿被害を巡っては、石綿生産工場の元従業員らによる集団訴訟で、最高裁が2014年に国の責任を認定した。だが、建設労働者の救済は置き去りにされてきた。

 中皮腫の大半が石綿を吸ったことが原因とされ、年間の死者は1500人を超えた。潜伏期間は数十年に及ぶ。石綿輸入のピークは1970~80年代だった。患者はさらに増えるとみられる。現行の救済制度で支給する医療費や療養手当にとどまらない十分な補償が必要だ。全ての司法判断を待っていては救済は遅れる一方だ。

 全国で少なくとも280万棟の民間建築物に、石綿が使用されたと推計されている。これらの解体は10年後にピークを迎える。周辺住民にも影響を及ぼしかねない。飛散防止策をさらに強化する必要がある。

 失政を認めず被害を拡大させていった経緯は、他の公害と共通する。抜本的な総合施策づくりを急がなければならない。

=2018/10/12付 西日本新聞朝刊=

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