世界人権宣言70年 「人としての誇り」掲げて

 世界人権宣言が1948年12月10日に国連で採択されて、満70年の節目を迎えた。

 第2次世界大戦では多くの人々の命が奪われ、人権が踏みにじられた。宣言は愚行を繰り返さないための誓いである。法の下の平等、思想や表現の自由などを30の条文でうたった。

 世界では今、同性愛者ら性的少数者(LGBT)の人権尊重が、当然のこととして訴えられるようになった。誰がかつて想像できただろうか。

 各国で刻まれてきた反差別運動の小さな歩みの積み重ねが、大きな潮流を生んだと言えるだろう。「自分を隠さず生きる」という理念が開花しつつある。

 宣言より四半世紀前の22(大正11)年、日本では被差別部落の人々が団結し、全国水平社を結成した。

 有名な水平社宣言は「人の世に熱あれ、人間に光あれ」とうたった。出自により虐げられる不条理を正し、人としての誇りを取り戻す闘いが、この時に始まった。日本最初の人権宣言とされる。

 結社名の「水平」は、人は生まれながらにして平等であるという理念を端的に表現している。世界人権宣言に通じ、未来にまで生きる思想ではないか。

 その運動は後に、在日コリアンや障害者、女性らの人権意識に大きな影響を与え、差別との闘いは日本で同心円状に広がっていった。

 そうした歴史があったからこそ、ハンセン病の元患者や旧優生保護法による不妊手術被害者らの人権侵害も、大きな社会問題として浮上した。一昨年には部落差別解消推進法、障害者差別解消法、ヘイトスピーチ対策法が制定された。

 人権運動の道のりは平たんだったわけではない。多くの人はは自らに潜む差別意識に気付いてはいない。その言動が時には人の命まで奪うことを認識してもらうには、相当なエネルギーが必要である。時には声を張り上げ、体を張って実態を訴えるしかない時期があった。

 運動は「行き過ぎ」を生み、反感を呼ぶこともあった。マスメディアは自ら「べからず集」をつくり、差別用語さえ使わなければよいと勘違いした。それらを反省し、乗り越え、今日を迎えている。

 それでもインターネットを使った差別事象が相次ぎ、他民族を侮辱する主張が公然となされる。国外でも自国第一主義が台頭しているほか、国民を抑圧する指導者は少なくない。

 世界人権宣言は「あらゆる人と国が達成すべき共通の基準」とされる。いわば最低基準とも言えるだろう。実現に向け、日本が先頭に立ちたい。

=2018/12/03付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]