保険会社の支店長だった向田邦子さんの父は客を連れて帰ることが多かった…

 保険会社の支店長だった向田邦子さんの父は客を連れて帰ることが多かった。客が脱いだ靴をそろえるのは、小学生のころから向田さんの役目。そろえ方が悪いと父に叱られた

▼きちょうめんな父は家族の靴の脱ぎ方、そろえ方にもひどくうるさかった。それなのに自分は靴をおっぽり出すように脱ぎ散らかした。父のいない時に文句を言うと、母がその訳を教えてくれた

▼父は母親の手一つで育てられ、親戚や知人の家に間借りして暮らした。履物はそろえて隅に脱ぐようにと言われて大きくなった。母と結婚した直後に「出世して一軒家に住み、玄関の真ん中に威張って靴を脱ぎたいものだ」と言ったそうだ

▼貧しい石工だった石牟礼道子さんの父は、牛小屋の廃材で家を建てた。最初の杭(くい)を打つ時、地面が水平にならされているかどうか調べながら小学生の娘に言った。「家だけじゃなか、なんによらず、基礎打ちというものが大切ぞ。物事の基礎の、最初の杭をどこに据えるか、どのように打つか。世界の根本とおんなじぞ。おろそかに据えれば、一切は成り立たん」

▼廃屋のようなこの家に、水俣病支援の人たちが30年近く、何百人も泊まることになる。父の言葉は水俣病と向き合う石牟礼さんの「根本」にもなったようだ

▼向田さんの「父の詫(わ)び状」(文春文庫)、石牟礼さんの「詩文コレクション6 父」(藤原書店)から引いた。きょうは父の日。


=2017/06/18付 西日本新聞朝刊=

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