小学1年の時に見た東京五輪で芽生えた大きな夢…

 小学1年の時に見た東京五輪で芽生えた大きな夢。「その夢を絶たないでください」。熊本出身の柔道家山下泰裕さんは涙ながらに訴えた

▼1979年、旧ソ連がアフガニスタンに侵攻した。これに抗議する米国は翌年のモスクワ五輪不参加を決定。日本政府も追随した

▼判断を迫られた日本オリンピック委員会(JOC)は、五輪のコーチと代表候補選手を集めて緊急会合を開いた。山下さんやマラソンの瀬古利彦さんらモスクワを目指してきた選手らは口々に参加を求めたが、JOCの最終決定は不参加。個人での出場も認められず、願いはかなわなかった

▼不参加を知った山下さんは、無念さに「ベッドで1人、うなり声を上げて泣いた」そうだ。「大切な肉親の死に立ち会ったような悲しみだった」とも。その直後の試合で山下さんは脚を骨折し、2カ月の入院を余儀なくされた

▼五輪を逃した失意と選手生命にかかわる重傷。そこからはい上がり4年後のロサンゼルス五輪で金メダルに輝いたのは山下さんだからこそ。柔道のモスクワ代表7人のうち、ロスに出場できたのは山下さんただ一人だった

▼国ぐるみのドーピング問題で、ロシア選手が平昌(ピョンチャン)冬季五輪に出場できなくなった。薬物とは関係ないのに夢を絶たれた選手の胸中は察するに余りある。今回は潔白を証明すれば個人資格で参加できる。多くの選手が胸を張って活躍する姿を平昌で見たい。


=2017/12/07付 西日本新聞朝刊=

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