小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」の引き渡し機数が昨年43機となり、同部門の世界首位に立った…

 小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」の引き渡し機数が昨年43機となり、同部門の世界首位に立った

▼二輪しか作っていなかったころ創業者本田宗一郎が「航空機を」と宣言して半世紀余り、故人の夢は成果を伴って形になった。戦後の日本の航空機産業は暗い話の方が多かったが、陸上からの参入企業が空気を変えた

▼ホンダは自動車メーカーではない、と「大空に賭けた男たち」(日本経済新聞出版社)の著者杉本貴司さんは言う。創業者が少年時代に「いつか空へ」と思い、未来への乗り物を追った会社だから「乗り物の形は時代とともに変わっていく」

▼町工場からスタートしたこの会社の航空機開発は、本物のエンジンなど作った経験がない人たちによって始まったという。特徴の「主翼上のエンジン」は最初は業界内で笑われがちだった、とも聞く

▼さかのぼれば、空への参入宣言には社内で「おやじの大ぼら」という声も聞かれたそうだ。しかし夢を継いで形にしたのは、おやじと一緒に油にまみれたこともある技術者たちであり“大ぼら”の直後に入社して経営中枢に名を連ねるに至った人たちであった

▼創業者の思いを継いだ企業はほかにもあるが、継承を後押しする風通しの良さの点でホンダは少し違っていたかもしれない。本田語録には「社長なんて偉くも何ともない。部長、包丁、盲腸と同じだ。記号にすぎない」というのもある。

=2018/03/04付 西日本新聞朝刊=

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