きのうは「ミスコンの日」…

 きのうは「ミスコンの日」。1908年3月5日、日本で初めて一般女性を対象としたミス・コンテストの結果が発表されたことに由来するそうだ

▼ミスコンといっても、当時は写真だけで審査した。新聞社が主催し、審査員は洋画家の岡田三郎助や彫刻家の高村光雲、歌舞伎役者の中村歌右衛門らそうそうたる顔触れ。約7千の応募の中から1位に選ばれたのは、福岡ゆかりの女性だった

▼旧小倉市(現北九州市)の市長の四女で、学習院女学部に在学中の末弘ヒロ子(16)。実は、義兄が本人に無断でコンテストに写真を送ったのだった。優勝の知らせに彼女はずいぶん困惑したという

▼今ならスターへの登竜門だろうが、良妻賢母が女性の美徳とされた時代のこと。「美貌を誇示するなどけしからん」「美人投票など校風にそぐわない」と批判され、ヒロ子は退学させられた。その時の学習院院長は、名高い陸軍大将、乃木希典だった

▼一説によると、乃木は後に、ヒロ子が自ら応募したのではなく、義兄をかばって事実を告げなかったのだと知り、退学させたことを後悔した。彼女の幸せを考えた乃木は、良い結婚相手を見つけてやろうと、八方手を尽くして探した▼それを聞いた旧知の陸軍大将、野津道貫が長男との結婚を申し出た。ヒロ子は侯爵家に嫁ぎ、良き妻、良き母として義父や夫を支えたという。110年前のミスコンにこんな逸話があった。

=2018/03/05付 西日本新聞朝刊=

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