保科正之は江戸時代初期の会津藩主。…

 保科正之は江戸時代初期の会津藩主。父は徳川2代将軍の秀忠という血筋だが、母親の身分が低かったため表舞台に出ることはなかった。異母兄の3代将軍家光も長く存在さえ知らなかったという

▼将軍の補佐役を務めていた頃から善政の人であった。大名の養子制度を緩和してお家断絶に伴う浪人の増加を防ぎ、美風とされた殉死を禁じる。江戸城出火の際は「戦国時代の遺物だ」と焼失した天守閣を再建せず、財政規律の順守に努めた

▼また90歳以上の者には身分や男女を問わず、1日玄米5合を終生にわたって給付する事業を始めている。「日本最初の国民年金制度」とも評されるそうだ

▼その精神を受け継いだ現代の「国民年金法」。1959年4月16日に公布された。自営業者らにも公的年金を支給する仕組みで、「国民皆年金」が実現することになった

▼社会で支えるという理想は色あせていないが、実情は随分様変わりしてしまった。支給額は目減りし、支給開始年齢は引き上げられる一方だ。若い世代が不公平感や将来への不安を訴えるのも無理はない。制度の根幹である「信頼」が大きく揺らいでもいる

▼折も折、2月にはデータ入力のずさん処理で本来の支給額が減額されるミスも起きた。先週末の4月支給分は大丈夫だったろうか。近年、何かと批判を受ける年金制度。400年前の先駆者も「もそっとしっかりせよ」と嘆じておられよう。

=2018/04/16付 西日本新聞朝刊=

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