「落葉帰根」…

 「落葉帰根」。木の葉が地上に舞い降りて土に帰るように、人もまた最後は故郷へと戻る-。この言葉に万感の思いを重ねる47人が、38年前のきょう3月2日、成田空港に降り立った

▼終戦間際、旧ソ連の侵攻に伴う混乱で、幼いまま大陸に残され、中国の人々に救われた日本人。彼らの存在が広く知られ、肉親を捜す集団訪日調査が開始されたのは1981年。47人はその第1陣だった

▼いわゆる中国残留孤児。その数は分かっただけで2818人。81年以降の30回に及ぶ訪日調査などを通じて、ようやく実態が掘り起こされた。しかし「二つの祖国」を持つことが新たな苦悩をもたらした

▼「落地生根」。この言葉に運命を託した人もいる。植物の種子が与えられた土で根を張るように、異国であってもその地で生き抜いていく-

▼日本への永住帰国の断念。事情は一様ではないが、何よりも自分を育ててくれた養父母らを見捨てるわけにはいかない、という人が少なくなかった。作家の故山崎豊子さんが大作「大地の子」で描いた主人公もそうだった

▼厚生労働省はホームページで今も1500人余の「孤児名鑑」を掲載している。実は孤児のうち日本での身元が判明したのは半数以下だ。肉親捜しは今も続いている。日中の国交正常化(共同声明調印)は1972年の「9月29日」。2013年に逝った山崎さんの命日がこの日と重なったことも思い出す。

=2019/03/02付 西日本新聞朝刊=

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