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【「信頼」と社会の合理性】 平野 啓一郎さん

平野 啓一郎(ひらの・けいいちろう)さん=作家
平野 啓一郎(ひらの・けいいちろう)さん=作家
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 ◆「シニシズム」に陥るな

 「信頼第一」というのは、道徳家からビジネスマンまで、大抵の人が同意することで、裏切りが破滅に直結する犯罪組織のメンバーでさえ、その通りだと頷(うなず)くに違いない。「信頼」というのは、倫理的な問題と捉えられがちだが、そう考えると、「善く生きる」ということとは、別の理解が可能なようである。

 社会学者のN・ルーマンは、「信頼」を、「世界の極度の複雑性を、システムが有意味に自己を方向づけうる範囲にまで縮減する」機能として重視している(『信頼』)。

 ルーマンは、この世界を「システム」とその外部の「環境」とに分けて議論する。システムは大小様々(さまざま)に捉えられていて、例えば、一人の人間は、一個の生物学的、実存的システムであり、自然や社会はそれを取り巻く環境である。また国際社会という環境に対して、一国家は一つのシステムである。そんなふうにして、この世界は、分子生物学的な微細な次元から地球規模に至るまで、システムとシステム、システムと環境という関係のレイヤーを無限に積み重ねることで成立している。

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 問題は、「システムと環境の複雑性の落差」である。社会全体(環境)の情報量は、個人(システム)に比して膨大である。社会の全てを一個人が把握することは不可能であり、実際は、向かい合う一人の他者でさえ十全に知り尽くすことができない。従って、私たちは生きてゆくために--つまり、何かを決断し、行動するために、社会の複雑さを自分たちの判断能力に見合う程度に縮減しなければならない。その時に重要な機能を果たすのが「信頼」である。

 例えば、正直な政治家に比べて、嘘(うそ)つきの政治家との関係は、有権者にとって遥(はる)かに複雑である。なぜなら、私たちは彼の言動に対応する未来を幾つもシミュレートしなければならないからである。その信憑(ぴょう)性の確認には、多くの時間と労力が費やされるし、活動計画は不安定になる。もちろん、信じないという判断も可能だが、その場合、環境の複雑さは縮減されず、また感情的にも不快である。恐ろしいことに、そうした不信を前提としてもシステムは構築され得るが、それは「信頼」が担保された世界に比べて、恒常的に高コストで、高リスクとなる。だからこそ、政治家や官僚は、国会で、選挙で、嘘やはぐらかしではなく、事実を語るべきなのである。

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 この視点は、今日の私たちにとって切実な問題である。

 報道は、グローバル化されたあまりに複雑な環境を私たちに縮減してみせるが、だからこそ情報の「信頼」性は厳しく問われる。フェイク・ニュースは、むしろ環境を余計に複雑にするし、情報の恣意(しい)的な隠蔽(いんぺい)や誇張は、矮小(わいしょう)化された世界観をもたらす。

 私たちがAIに期待しているのは、銀行のATMの操作画面のように、この世界をシンプルな、操作可能な姿にしてくれることであって、その前提は「信頼」性である。

 日本の国会議員は、命令委任ではなく自由委任であり、有権者の命令に従わず、「良心」にのみ従って自由に行動し得るが、その上で、政党が存在し、公約が示されるのは、やはり未来の複雑性の縮減のための工夫である。

 ルーマンは、「信頼」は、演繹(えんえき)的にではなく帰納的に導かれる、と指摘する。ある政治家を「信頼」できるかどうかは、これまでの言動から推測するより他はない。そして重要なのは、私たち自身が、近視眼的に、政治家の権謀術数を「現実的だ」などと嘯(うそぶ)く愚かなシニシズム(冷笑主義)に陥らず、社会システム自体の「信頼」を維持し、社会を不合理化してしまわない努力をすることである。

 【略歴】1975年、愛知県蒲郡市生まれ。2歳から福岡県立東筑高卒業まで北九州市で暮らす。京都大在学中の99年にデビュー作「日蝕」で芥川賞。近刊は作品集「透明な迷宮」、長編小説「マチネの終わりに」。


=2017/10/29付 西日本新聞朝刊=

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