【グローバル・ヘルス】 丸山 泉さん

丸山 泉(まるやま・いずみ)さん=医師、日本プライマリ・ケア連合学会理事長
丸山 泉(まるやま・いずみ)さん=医師、日本プライマリ・ケア連合学会理事長
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◆診療室に世界的視野を

 家庭医療を学ぶ医師の集まりに世界家庭医機構(WONCA)がある。アジア・太平洋地区での未加入は、北朝鮮や太平洋諸島など7カ国にとどまる。そのアジア・太平洋地区の集いが今月、タイ・パタヤビーチで開催された。砂浜で遊ぶ子どもたちや、海上に一直線に伸びた夕日の場所で活発な議論が行われた。

 主要なテーマを列記すると過剰診療・過剰投薬、へき地医療、公平性と医療-などがあった。過剰診療については、根拠が乏しいまま実施されている過剰な医療行為を、医療提供側が科学的な証左を基に見直す米国発の「チュージング・ワイズリー(賢明な選択)運動」が紹介された。過剰投薬の問題は、多科受診が増える高齢者の多剤併用処方に伴う有害な事象をいかに防ぐかが焦点となった。へき地医療に関する専門組織「Rural WONCA」の活動についても議論がなされた。

 とりわけ時間を費やしたのは、公平性と医療の問題だった。例えば、多様なセクシュアリティーを表すLGBTについて、医療者が当たり前のこととしてどう対応すべきか。子どもの貧困と医療、女性の正当な社会参画と医療についても議論された。

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 プライマリ・ケアの分野に関わる者たちが、医療技術と直接的な関係がないテーマに、なぜ時間を割くのか。たとえ少数であっても制度や仕組みの溝に落ちる人々を見落としてはならない‐。プライマリ・ケアの原則は、それに尽きるからだ。溝の存在は、システムに患者側の視点が欠落していることを示す。医療職や医療制度は、他者に優しく寛容でなくてはならない。

 高齢化、人口減少、過疎化、そして医療の地域偏在が同時に進む日本では、現状として診療所と病院がプライマリ・ケアを支えている。双方に確固たる共有項がないと分断が起こり、患者側から見たシームレスな(途切れのない)医療の構築が難しくなる。

 健康問題にさらされた人たちの不安や願いを受け止め、安定し継続性のある医療が必要である。よく誤解されるが、家庭医療学に基づく家庭医療の分野は、診療所医師のみに必要なものではない。

 「臓器別」の医療は、さらに発展して細分化される。一方で、異なった価値観と個人史を持つ「個人の医療」「家族の医療」「地域の医療」に全般的に関わることができる医師が、世界的に求められており、むしろ他国でその教育が進んでいる。

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 世界的に評価が高く成熟した良質の保健制度を持つ日本は、ヘルスケアの分野で先導的な影響力が期待されている。しかしグローバル・ヘルス(世界保健)への認識は不足している。「他国よりまし」「自国が良ければ」との考えではいけないのではないか。

 こんな例え話をすることがある。私たちの診察室には見えない壁がある。この壁に小さな穴を開けてみるといい。その向こうには、難攻不落の山々と底の知れない谷々がある。それらは紛争や貧困などに起因する健康や医療に関わる多種多様な難題などを意味する。日々の身近な診療とグローバル・ヘルスが連続したとき、国内の課題がよりしっかり見えるようになる。

 外国に出て行かなくてもいい。見えない壁の向こうの医療課題と日本の医療課題は、強く連関している。例えば、貧困で劣悪な環境の国で発生した新型感染症は、その国の問題では終わらない。わが国も例外ではない。境界を越えることで世界の潮流を知り、現実的で新しい日本のプライマリ・ケアの在り方を大胆に議論することができる。身近な課題と世界の課題とをつなぐ力量が、これからの医師には求められている。

 【略歴】1949年、福岡県久留米市生まれ。久留米大医学部卒の内科医。福岡県小郡市で医師会活動の後、NPO法人で地域の健康増進活動に取り組む。2012年6月から日本プライマリ・ケア連合学会理事長。父は医師で詩人の丸山豊。


=2017/11/19付 西日本新聞朝刊=

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