【理不尽な世の処世術】 松田 美幸さん

松田 美幸(まつだ・みゆき)さん=福岡県福津市副市長
松田 美幸(まつだ・みゆき)さん=福岡県福津市副市長
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◆折り合いつけ前へ進む

 恵方巻きの大量廃棄が話題になった今年の節分の前日、福岡県福津市の津屋崎にある豊村酒造を訪ねた。明治から大正にかけては九州随一の生産量を誇った蔵元で、1874年の創業当時からの趣を残す屋敷と酒蔵は、貴重な日本の伝統建築物でもある。敷地内にある高さ21メートルの煙突は、かつて製塩や海運で栄えて家々が立ち並び「津屋崎千軒」と称された地域のランドマークとして、人々に愛されてきた。5代目の妻であり現社長の豊村理惠子さんに案内していただき、至るところに隠された四季折々の暮らしの知恵や風習をお聞きした。

 ぴかぴかに磨かれたお屋敷は、吹き抜けの天井がとても高い。天井近くに備え付けられた神棚の向かいに、天井からつられた四角い木枠でできた棚があり、その年の歳神の方角、すなわち恵方に向けて回転させ、お札を祀(まつ)るのだという。この恵方棚の話からだけでも、地域の伝統や風習が、今も日々の暮らしに息づいていることが伝わってくる。

 もちろんその陰には、酒造りという厳しい仕事に加え、この大きな建物を維持し、折目、節目の行事を丁寧に継承してこられたたゆみない営みがあるからだ。合理性や効率性では説明がつかない使命感のようなものが、この美しい空間に命を与えている。

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 節分の日、豊村酒造が新年にお神酒を奉納しているという宮地嶽神社の豆まき神事に参加した。桃の木で作られた弓を使い、葦(あし)の茎でできた矢を放って邪鬼を払う神事の後に福豆をまく。境内は小雪交じりだったが、昔の人も春を待ちわびる気持ちで立春の晦日(みそか)を楽しんだのだろうか。

 宮地嶽神社は、海に沈む夕日が参道の延長線上を照らす「光の道」の神社としても知られているが、今年は新たな話題が加わった。全国で公開中の映画「巫女(みこ)っちゃけん。」の舞台として、福津の美しい景色とともに登場する。これまで撮影されることのなかった神社の奥まで公開され、その映像がとても美しく、物語の娯楽性も高いと評判だ。

 監督のグ・スーヨンさんにこの映画に込めた思いを直接お聞きする機会があった。「何だかうまくいかない日々にモヤモヤしている人の背中をそっと押したかった」と、優しく語るグ監督。在日韓国人2世として山口県下関市で暮らし、通名を使わなかったこともあり、子どもの頃は疎外感や差別を経験した。大人になっても理不尽なことやうまくいかないこともある。グ監督は「折り合いをつける」ことで前に進んできたと、自身の経験をこの映画に重ねる。

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 理不尽な事態や思いもよらないことは、人生や対人関係、ビジネス、政治、国際関係など、何にでも起きる。やるせなさや無力感で立ちすくむのではなく、かといって自分だけ我慢したり、相手に無理強いしたりするとなれば、持続可能な解決にはならない。

 「持続可能な開発」という概念は、1987年に国連の環境と開発に関する世界委員会で「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」と定義された。今を生きる私たちが未来の私たちと「折り合いをつける」ことだ。お互いに譲り合って着地点を見いだすという処世術が、持続可能な社会づくりにつながる。

 理不尽さや思いもよらない経験から、人は優しさや粘り強さを学び、対話力を身につける。蔵元の当主と結婚したことで、思いもよらずに負った歴史的な建物を維持するという責務も、未来につなぐという視点を得て、手間を惜しまない暮らしを選択する力となったのではないだろうか。恵方巻き騒動に象徴される近視眼的な行動は、いつかバチがあたるかもしれない。

 【略歴】1958年、津市生まれ。三重大教育学部卒、米イリノイ大経営学修士(MBA)。2017年12月から現職。福岡県男女共同参画センター「あすばる」の前センター長。内閣府男女共同参画会議議員、内閣府少子化克服戦略会議委員

=2018/02/18付 西日本新聞朝刊=

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