【そんたくさせたのは誰か?】 藻谷 浩介さん

藻谷 浩介(もたに・こうすけ)さん=日本総合研究所調査部主席研究員
藻谷 浩介(もたに・こうすけ)さん=日本総合研究所調査部主席研究員
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◆「空気」が生む無責任

 解剖学者の養老孟司氏が、筆者との対談の席でこう語っておられた。「長く政治を見てきて思うのは、トップは誰でもよくなってきているということです。それはつまり、具体的に誰が政治を動かしているかが見えなくなってきたということです」(中央公論社「日本の大問題」166ページ)

 この養老氏の観察は、多くの日本人には受け入れられないものだろう。一方に、「トップは、何があっても引き続き、安倍晋三でなくてはだめだ」と信じている方もおられれば、他方には、「首相さえ辞めさせれば日本は良くなる」と思っている方も多いからだ。だが実態はどうも、養老氏の語った通りなのではないだろうか。森友学園問題で再度紛糾する国会を見ながら、つくづくそう思うのである。

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 この問題を会社になぞらえれば、「A社の関西支店が、社有地を異常に安い値段で部外者のK氏に売っていた」というようなことだ。そのK氏は、A社の社長夫人との関係を強調する怪しい人物だった。しかもその取引の経緯を記録した社内文書が、最初は「既に破棄された」とされ、後に出てきたのだが、社長夫人の名前などは削除されていた。その一連の動きに対し、A社社長は「自分はまったくあずかり知らない。全ては管財部のS部長が勝手にやったことだ」の一点張りである。

 民間企業なら、もちろんそれではすまない。「そんな怪しい相手との取引も、文書改ざんも把握していないとは、部下を掌握できていなかった証拠だ」と、社長はトップとしての資質を問われるだろう。現にA社は土地を不当に安く売ることで損をしているのだし、S部長とて、K氏が社長夫人の名前を振りかざさなければ、そんな取引や改ざんをする理由はどこにもないのだから。社長にしても裏では、「なぜ自分の妻の名前を持ち出す人物相手の、表に出れば問題になりかねない取引の話が、自分にまで上がってこなかったのか」と、怒り心頭で真相究明に動くだろう。

 ところが日本政府の場合には、「トップは知らなかったのだから仕方がない。悪いのは勝手にそんたくした部下だ」という大合唱が巻き起こるのだから、おかしな話だ。もし日本が中国やロシアのような国になっていて、オール与党で政権に異を唱えるマスコミも存在していなかったなら、この問題は闇に葬られていただろうが、「日本もそんな国であってほしかった。政権の足を引っ張る奴(やつ)さえ出てこなければ、何も問題はなかったのに」と言わんばかりの論陣を張る論者や議員が、ぞろぞろいる。そんたくばかりが横行する政府組織を抱えて、海千山千のリーダーたちの率いる周辺国と対峙(たいじ)できるのか、彼らは危惧を覚えないのだろうか?

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 この無責任感覚は、養老氏の推察どおり、(選挙に勝てさえすれば)トップは誰でも良い時代になってきているからこそ、生まれているように思う。実際に政治を動かしているのは、かつて山本七平の指摘した「空気」だろう。「選挙に強いこの政権には逆らえない」という空気に従い、皆がそんたくし合う体制に浸っているからこそ、「トップに責任なし」という世界標準に照らせば荒唐無稽な物言いができるのではないか。

 そんな政権の目指す憲法改正というのは、つくづくブラックジョークのように見える。これまた会社に例えれば、社則違反や社内文書改ざんが横行する会社で、情報も上がってきていなければ責任の自覚も乏しい社長が「社是」の変更だけには異常な執念を見せている、そんな話だからだ。

 すべてにおいて本末転倒のこの5年間。そろそろ次のステップに進むべき頃合いではないか。

 【略歴】1964年、山口県徳山市(現周南市)生まれ。88年東京大法学部卒、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。米コロンビア大経営大学院で経営学修士(MBA)取得。2012年1月から現職。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」など。

=2018/03/25付 西日本新聞朝刊=

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