【個人データ巡る激動】 平野 啓一郎さん

平野 啓一郎(ひらの・けいいちろう)さん=作家
平野 啓一郎(ひらの・けいいちろう)さん=作家
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◆保存と破棄 選別慎重に

 個人データを巡る世界各地の動向が目まぐるしい。

 EUで、2016年に制定された「EU一般データ保護規則(GDPR)」が、この5月から実施される。これは、欧州経済領域(EEA)内で収集されたあらゆる種類の個人データの扱いを詳細に定めた規則で、違反者には高額の罰金が科せられる。保護対象は、EEA内のデータ主体(個人)だが、規則の適用は域外のデータ管理者、処理者にも及ぶため、日本企業も他人事(ひとごと)ではない。この中には、「消去権」として「忘れられる権利」も盛り込まれている。

 個人をデータの乱用から保護するのは、域内の人々がそのデータの開示に消極的になりすぎると、将来の社会的機能が低下する、との懸念もあるのだろう。

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 今日、私たちは様々な場面で利便性と引き換えに個人データを提供しているが、これがリスク管理に活用されつつあるのが中国である。

 アリババやテンセントといった企業が爆発的に普及させた電子決済については、日本でも報じられているが、そのアリババには、「芝麻信用(ジーマーシンヨン)」という、個人の日常的な消費や公共料金支払いの履歴から始まって、「個人の同意を得て学歴・職業・交友関係などのデータベースを紐(ひも)付け・統合して、どれくらい信用度が高い人かを950点満点で採点する仕組み」(津上俊哉氏の現代ビジネスの論考「『デジタル・レーニン主義』で中国経済が世界最先端におどり出た」)がある。これと、中国政府が個人、企業に与えた18桁の識別番号を通じて管理する信用データとが連結しつつある、というのが現在の状況らしい。結果、信用スコアの高い人は、様々な恩恵が受けられ、逆に低い人は、社会的サービスへのアクセスが制限されるなどの不利益を被る。

 過去の蓄積は、その人物のリスク評価であり、アイデンティティーにも人間関係にも大きな影響を及ぼす。この動きは、中国に限らず、今後、世界的に広まってゆくだろう。

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 急に私の体験談となるが、最近、オーストラリアを旅行した際、観光ガイドに載っていたレストランを何げなくスマホで検索すると、そのまま店のサイトを経ずに、グーグルの予約サービスを通じて簡単に席が取れ、驚いた。私がその店を訪れたという事実は、ビッグデータとして活用されるだろうが、将来的には、前述のごとく信用データ化される可能性も考えられる。グーグルのみならず、例えばアマゾンにも、買い物履歴は蓄積され続けている。これは、私がどういう人間かを知る上では何よりの情報である。フェイスブックは、最近、その個人データを流出させて大きな批判を浴びたが、さりとて最早(もはや)、SNSを放棄した生活は考えられなくなっている。

 個人データの信用を担保しているのは、国家や企業である。しかし、難民のように身元確認が困難な人々がいる。彼らがいかなる人物かを証明するために、昨今、ブロックチェーンの活用が試みられている。仮想通貨によって有名になったこの技術は、恣意(しい)的な改ざんが不可能な分散型のデータベースであり、実は、契約書など、様々なデータ管理にも応用可能である。

 目下、森友学園問題に絡む財務省の公文書改ざんという前代未聞の不祥事により、政府は厳しく批判されているが、今後の公文書管理にも、ブロックチェーンの技術を導入すべきだという議論がある。

 公共の問題に関しては、データは改ざんされることなく保存され続けるべきである。しかし、それが個人の自由を圧迫してしまう側面もある。何が社会に留められ、何を放棄すべきか、その選別を慎重にデザインする必要がある。

 【略歴】1975年、愛知県蒲郡市生まれ。2歳から福岡県立東筑高卒業まで北九州市で暮らす。京都大在学中の99年にデビュー作「日蝕」で芥川賞。近刊は作品集「透明な迷宮」、長編小説「マチネの終わりに」。

=2018/04/02付 西日本新聞朝刊=

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