【平成を振り返って】 姜 尚中さん

姜 尚中(カン・サンジュン)さん=熊本県立劇場館長
姜 尚中(カン・サンジュン)さん=熊本県立劇場館長
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◆世界激変、乖離する日本

 平成最後の年末を迎え、その30年近くの歳月を回顧する特集がめじろ押しのようだ。そこには、単に過ぎゆく時代を懐旧的に振り返るだけでなく、混沌(こんとん)とした現在を読み解きたいという願望も含まれているに違いない。

 ベルリンの壁崩壊の年と重なった平成元年、「平成」の名前が示すように、国の内外、天地とも平和が達成されるという期待がみなぎっていた。東西冷戦の終結と平和の配当が分断と対立を癒やし、世界はますます、戦後の昭和が目指した自由と繁栄の時代を迎え、日本こそがそのトップランナーに立つに違いないという楽観的な雰囲気が横溢(おういつ)していたのである。

 同じ年、米国の政治経済学者のフランシス・フクヤマは「ナショナル・インタレスト」誌に「歴史の終わり」を発表。冷戦崩壊でイデオロギー闘争は終焉(しゅうえん)を迎え、自由民主主義(リベラル・デモクラシー)だけが勝利し、平和で退屈だが生活のアメニティー(快適性)にうつつを抜かす「歴史の終わり」の時代が到来すると予言していた。

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 あれからほぼ30年、そのような楽観的な期待や希望は打ち破られつつある。

 超国家的な共同体形成の人類史的な実験とまでもてはやされた欧州連合(EU)統合は空中分解の瀬戸際に立たされ、リベラル・デモクラシーの先進国に反移民・反イスラーム、さらにポピュリズムや極右的な政治勢力が台頭しようとしている。

 また自由主義経済とデモクラシーの守護者であり、日本の安全保障のよりどころと見なされてきた米国にも、「アメリカ・ファースト」のトランプ旋風が吹き荒れ、自由で開かれた多国間主義的な経済のルールすら危うくなりつつある。

 しかも、平成の始まりの年、天安門事件でその強圧的な体制の本性をあらわにした中国が、日本の経済規模をはるかに追い抜き、今や米国と拮抗(きっこう)するほどの「異形の超大国」にまで台頭するようになった。さらに日本と韓国は「歴史問題」を巡って抜き差しならない対立関係に陥り、日韓関係と反比例するように南北(韓国と北朝鮮)は共存と繁栄へとかじを切りつつある。

 こうして平成元年から平成の終わりを逆照射してみると、日本を取り巻く世界と東アジアの環境は劇的に変化したと言える。

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 この変化にどう対応し、何をどのように変え、何を変えてはならないのか。この重大な問題に政治が十分に応えているとは言い難い。こうした変化が、戦後の日本の平和と繁栄の前提条件を掘り崩すほどの劇的な変化であるにもかかわらず、「現状維持」の力学が突出しつつあるように見えるからだ。

 変化に現状維持で対応する限り、それは「上から」の力の政治にならざるを得ない。政治参加は包括的でありながら実際の政治的競争は事実上制限され、有権者と政党との乖離(かいり)が進み、議会制の空洞化が進んでいるように見える。

 ただ、社会の微視的なレベルでは、平成はこれまでなかった多様化と「個性化」が進んだ時代でもあった。ジェンダーや性的マイノリティー、外国人や社会的弱者など、多様な「個性」が声を上げるようになったからである。それは、平成元年と比べた場合の大きな変化に違いない。

 平成の30年を振り返りあらためて思うのは、日本を取り巻く東アジア、ひいては世界の変化であり、また国内の代議制と社会との乖離ではないだろうか。日本の政治は、その国際関係と国内社会の変化にリーズナブルに対応できるのだろうか。それとも、政治だけが旧態依然のままに止まってしまうのだろうか。

 【略歴】1950年、熊本市生まれ。早稲田大大学院博士課程修了後、ドイツ留学。国際基督教大准教授、東大大学院情報学環教授、聖学院大学長など歴任。2018年4月から鎮西学院院長。専攻は政治学、政治思想史。最新刊は「母の教え」。

=2018/12/17付 西日本新聞朝刊=

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