「普通」という名の暴力 論説委員 岩田 直仁

 〈闘うすべを学ばないかぎり、自分の顔をもつことはできないのよ〉。フィンランドの作家、トーベ・ヤンソンさんの小説「ムーミン」シリーズには、心に響く言葉が無数にある。ちびのミイが放ったこの台詞(せりふ)もその一つだろう。

 「カミングアウトを迷っていた時に読んだんです。だから、この挑発には背中を押されました」。男性として生まれたが、女性として暮らすことを決めた人から、そんな話を聞いたのは1999年の暮れだった。

 性的少数者(LGBT)という言葉が、日本に定着する前の時代である。匿名とはいえ、取材を受けたこと自体、彼女の闘いだったはずだ。

 この4月、LGBTのカップルを対象とした福岡市の「パートナーシップ宣誓制度」が始まった。

 パートナーの山下みほさんとともに最初に宣誓したのは、女性として生まれたが、男性として生きるトランスジェンダーの石崎杏理さん。LGBT支援団体の代表を務める傍ら、啓発活動にも取り組んでいる。

 性的少数者のカップルに「行政がその関係を尊重し、寄り添う」姿勢を明示した制度の意義は小さくはない。ただし、法的効力まではない。

 同性婚を認めない日本では、同性カップルには遺産相続や税制上の優遇など多くの権利が保障されていない。石崎さんは「不平等の解消に向け、社会を変える一歩となれば」という願いも宣誓に込めた。当事者の闘いは今も続く。

 性に限らず、少数派に対する差別や偏見を解消する責務は本来、多数派にある。にもかかわらず、「多数」を「普通」とすり替え、無意識に少数派を異物として排除したり、目をそらしたりする風潮は、なかなかなくならない。

 性に対する自己認識(性自認)も、恋愛感情や性的欲求のベクトル(性的指向)も多様で、人それぞれである。「男らしさ」「女らしさ」も多分に歴史的、そして社会的産物にすぎない。

 男性として生きる石崎さんだが、「男らしさ」にはなじめないという。「僕は僕。それでいいのでは」。うなずく男性はきっと多いはずだ。

 ヤンソンさんは、フィンランドでは少ないスウェーデン語系で、長じては同性パートナーと暮らした。自分らしく生き、多様性を大切にする。個性あふれる面々が集うムーミンの世界を支える思想は、少数派としての人生から生まれたのではないか-。

 そんなことも話していた、あのトランスジェンダーの彼女はまだ、どこかで闘いを続けているのだろうか。

=2018/05/08付 西日本新聞朝刊=

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