理屈抜き「農」の福祉力 編集委員 西山 忠宏

 中山一人(かずと)さんは今年2月、100歳になられた。福岡県大刀洗町にある自宅近くの畑でほぼ毎日、農作業に励む。

 「他に仕事がないから」だそうだが、愛着は深いようで作物は家族で食べたり、近所の人に分けたり。58歳で公務員を定年退職後、親から継いだ農地で稲作を営み、80代半ばまで出荷し続けたという。

 5月下旬に取材で訪ねた際も、一人さんは畑で達者にくわを振るわれる。動作こそゆっくりだが、背筋はぴんと伸びている。94歳の妻ナルミさんも一緒で、腰は曲がっておられるが、一人さん以上によく動かれ、黙々とタマネギを収穫していく。ナルミさんは「きついことはなか。体全体を動かすけん、夜はぐっすり眠れる」とおっしゃる。

 ご夫婦ともども、大病を患ったことがないという。介護サービスとも無縁。元気な理由はいろいろあるだろうが、この農作業がプラスになっているのは確かなようだ。

 今、各地で農業と健康づくりを結び付ける取り組みが動きだしている。奈良県は本年度から「医農連携の健康づくり推進事業」に乗り出す。健康維持と介護予防を念頭に、生活習慣病の発症が懸念される人などに農作業の機会を提供する。予算440万円を計上し、市町村などを対象に事業主体を募集中。担当者は「県内2、3カ所で秋からスタートさせたい」と意気込む。

 生活習慣病外来の治療メニューに農作業を取り入れているのは、北九州市八幡東区の西野病院だ。西野憲史院長は「農作業は、かなりの運動になる上、頭も使うし、五感も刺激されて脳が活性化するから認知症予防にもなる」と話す。高血圧や高脂血症が改善した患者もいるという。

 もちろん、他にウオーキングなどの運動も併せて行うので、農作業がどれだけ寄与したのか明確ではないのだが、「農作業は基本的に楽しいから、患者が継続しやすいメリットがある」のだそうだ。

 「車輪の下」で知られる文豪ヘルマン・ヘッセも「土と植物を相手にする仕事は、瞑想(めいそう)するのと同じように、魂を解放し休養させてくれる」と名言を残し、その心理面での効能を評価している。

 そんな理屈は抜きにして高齢期を土と植物相手に過ごしてきた中山さん夫妻は、今も仲良く一つ布団で寝起きし、めでたく今年、結婚75周年を迎えられた。
 「農」の福祉力。なかなかあなどれない。

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 ▼にしやま・ただひろ 福岡県出身、慶応大文学部卒。1989年入社。北九州支社、社会部、医療担当編集委員などを経て現在は経済部で農林水産業担当。

=2018/06/16付 西日本新聞朝刊=

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