「救国のトリック」は 社会部次長 相本 康一

 「安倍晋三さんは究極の護憲派だな」。与党の大物議員がそう評したことがある。

 第1次政権時代、「私の内閣で改憲を目指したい」と意気込めば意気込むほど、野党が硬化した。今も構図は同じ。改憲自体は否定しない一部の野党も「安倍政権下では反対」と言う。最近は自身を巡る森友・加計(かけ)問題で、落ち着いて議論する雰囲気も消え、結果的に、首相は「憲法を護(まも)っている」というわけだ。

 改憲論の核心は、戦争放棄と戦力不保持を定めた9条だ。終戦直後、国際社会に昭和天皇処罰論が強い中、天皇制存続と引き換えに連合国軍総司令部(GHQ)に「押し付けられた」との見方がある。

 この「定説」に真っ向から反論する「昭和の三傑」というノンフィクションがある。著者は月刊誌「文芸春秋」編集長などを務めた堤堯(ぎょう)さん。それによると、9条は押し付けではなく、逆に当時の首相幣原喜重郎氏が後の首相吉田茂氏と共謀し、象徴天皇制とセットでGHQのマッカーサー司令官にのませた「救国のトリック」であったという。

 実際、日本は冷戦下、西側陣営の一員として国際社会に復帰しながら、9条を盾に朝鮮戦争、ベトナム戦争に一人の兵士も派遣せず、経済立国にまい進できた。米軍駐留について、吉田氏は「(日本を守る)番兵を頼んだと思えばいい」と語ったという。

 押し付けだったか否か、見解は分かれる。ただ、浮かぶのは当時の指導者のリアリズムである。戦後復興に集中し、米国の戦争に国民を兵士として使われるのを避けるべく9条を使うという思惑は、単なる理想主義ではない。戦後日本の基本路線となった。

 現在の憲法論議はどうか。安倍首相は9条への自衛隊明記を打ち出すが、その任務や権限に「変更が生じることはない」という。一方、原理主義宗教のように9条に「指一本触れてはならぬ」との声も根強い。いずれも国の存亡を懸けたリアリズムに乏しい。

 中国の台頭、歴史的な米朝首脳会談を経てトランプ米大統領が在韓米軍の縮小・撤収の可能性に言及するなど、東アジアは激動している。米軍はいずれアジアから手を引くかもしれない。その時、日本はどういう生き方をするのか。憲法が「国のかたち」を示すものならば、未来を見通した冷徹な議論が必要だろう。

 吉田氏は生前、予言していた。「アメリカはいつまでもこのまま駐留を続けはしないよ。アメリカが引き揚げると言いだす時が必ずくる。その時が日米の知恵比べだよ」。次の「救国のトリック」の準備はできているか。

=2018/06/26付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]