あなたの隣にいる人が 編集委員 三宅 大介

 淡々とした文章に傷の深さがにじんでいた。知的障害などを理由に不妊手術を認めていた旧優生保護法の下での強制不妊手術問題にからみ、重度の難聴という読者の女性(50代)からメールが届いた。

 昔、と言っても「まだ20年もたっていない」頃、ある食事会で、隣にいた50代くらいの男性から大声で「障害者は子どもを産むな」と言われたそうだ。10人以上いた参加者の中で障害者は自分だけ。場が静まりかえった。「怒りがこみ上げ、顔が変わったのが自分で分かりました」「悔しかったです。悲しかったです」「言葉の暴力は今もあります。(その傷が)消えるのは死ぬときでしょう」「人はまず偏見から始まり理解は最後なんだと思っています」-。

 命に優劣をつけ、障害者は生まれてこない方がいいと考える優生思想が平然と人前で語られたことに、彼女は、深く傷つき、そんな風潮にあらがい、覆す道のりの険しさに今も途方に暮れているのだ。

 そうした思想が文字通り「刄(やいば)」となったのか。重い知的障害のある入所者19人が刺殺された相模原市の障害者施設殺傷事件から26日で丸2年がたった。殺人罪などで起訴された元施設職員は、今なお「意思疎通できない人たちを刺した」「重度障害者など生きている価値がない」-などと主張しているという。

 亡くなった人たちの身元は明かされず、遺族の大半が沈黙を続ける。心身の障害そのものによる生きづらさだけでなく、障害があること自体に社会から無言で向けられる冷ややかな視線。障害のある人の家族たちも、この二重の苦しみに耐えている。

 そもそも、発達障害など外見からはそれと分かりにくい人もいる。医療の進歩に伴い自宅で暮らす重い障害のある子どもも増えている。関係者の努力で少しずつ理解は広がっているが、当事者と日常的に接する機会がある人は、まだ、そう多くないだろう。

 だから、せめて、まず想像してほしい。職場の同僚や友人、あるいは電車やバスで偶然隣り合わせた人が、実は障害に苦しんでいたり、障害のある家族がいたりするかもしれないと。不自由さや介護に携わる苦労はもちろん、それを周りに打ち明けられず、陰で息をついているかもしれないと。障害のある人、ない人が「ともに生きる」社会は、そこから始まるのだと思う。

 私も、重症心身障害児の父である。

    ×   ×

 ▼みやけ・だいすけ 長崎県出身、九州大卒。1994年入社。佐賀総局、玖珠支局長、東京報道部、社会部、都市圏総局を経て生活特報部の編集委員

=2018/07/28付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]