幕末維新博のススメ 編集委員 上別府 保慶

 ちょうど10年前の夏の話。「佐賀には何もなかけん」と若者が諦め半分に嘆くのを、地域づくりに取り組む年配者たちが「なんば言うか。こいば読まんば」と、たしなめ始めたことがあった。

 こぞって薦めた新刊本の名は「幕末維新と佐賀藩」(中公新書)。著者は近代史が専門の大阪市立大名誉教授の毛利敏彦さん。「佐賀(肥前)が明治維新の雄藩『薩長土肥』で最も軽視されるのは事実に反する」と訴えた本だ。

 九州大卒の毛利さんにとって、「佐賀の七賢人」にして「維新の十傑」の1人、江藤新平は縁戚に当たり、佐賀はゆかりの地。その佐賀藩は、藩主・鍋島直正の下で鉄製大砲を量産するなど、技術と人材育成で他藩をリードし、明治新政府の中枢に躍り出た。

 佐賀藩の先進性と、江藤新平らが中央政界から追われた「明治六年政変」のいきさつを解説するこの本は地元でよく売れ、毛利さん自らも講演に引っ張りだことなった。

 実は同書は鹿児島でもよく読まれた。というのも、それまで「明治六年政変」は、西郷隆盛の朝鮮派遣を巡る対立が原因との見方が主流をなしてきたが、毛利さんはこれを否定。西郷の真の目的は平和にあったと擁護する一方、ことの本質は当時、汚職を江藤に追及されて窮地に立った長州閥が、西郷の盟友・大久保利通を取り込んで、反「征韓論」を名目に仕掛けたクーデターだと断じている。

 さらには、江藤が「佐賀の乱」の首謀者として断罪されたのも大久保の謀略であり、「乱」ではなく西南戦争と同じく「佐賀戦争」と呼ぶのが筋という立場を取っている。

 毛利さんは説く。

 「大久保の暴走によって、西郷使節朝鮮派遣は流され、日朝復交の絶好の機会が失われた。両国民友好の芽も摘み取られ、さらには日朝協力してロシアの脅威に対抗する可能性も閉ざされた。それは東アジアの平和と安全にとって不幸なことだった」

 さて佐賀県では今、明治維新150年にちなみ、県庁そばなどで「肥前さが幕末維新博覧会」が開催中だ。来年1月14日まで。鍋島直正や大隈重信、江藤新平ら「佐賀の七賢人」の業績を、CGを駆使して解説する一方、「キングダム」で人気の佐賀出身の漫画家、原泰久さんが直正を描いたグッズを売るなどして、若い世代も引き付けている。

 「佐賀戦争」の呼称など展示には、2016年に83歳で世を去った毛利さんの影響が色濃く見て取れる。「江藤新平は再評価されるべきだ」と汗をふきふき話した、在りし日の真剣な顔が浮かぶ。

=2018/09/06付 西日本新聞朝刊=

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