廃炉資料館 君の名は。 東京報道部 田篭 良太

 帰還困難区域につき 通行止め-そう書かれた看板が立ち並び、バリケードの向こう側で、洗濯物を干したままの民家が荒れ果てていた。田畑だったと思われる場所では、伸び放題の雑草の間から木が突き出し枝を広げている。

 東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発の事故から8年が過ぎた。足を運んだ原発の周辺では、今なお「復興」という言葉を口に出すのもためらう光景が広がっていた。

 〈私たちが思い込んでいた安全とは、東京電力のおごりと過信にすぎなかったことを思い知らされました。事故を天災と片付けてはならないと考えています。当社は、事故を防ぐことができませんでした。この事実に正面から向き合い、深く反省致します〉

 東電が昨年11月に開館した「東京電力廃炉資料館」の展示映像のナレーションだ。

 「記憶と記録・反省と教訓」と題した2階フロアでは、炉心溶融から建屋が水素爆発する経過を紹介する展示や、事故直後の中央制御室の再現ドラマを通じ、史上最悪レベルの原発事故を説明している。真新しいきれいな展示物を前に、苦々しい違和感が膨らんでいった。ここは「廃炉資料館」でいいのか、と。

 福島第1の原子力緊急事態宣言は継続中だ。そもそも「廃炉」とは、通常通り運転していた原発を廃止する際に使われる言葉だ。東電自身、2月末の記者会見で「福島第1は様相が違う」と説明し、通常の「廃炉」という定義では語れないと認めているのだ。

 それなのに「廃炉資料館」か。嶋津康館長に問うと、「『原子力事故 廃炉資料館』という名前にしようとも思った」と言う。「ですが、事故の事実が廃炉にも結びついているということで、廃炉に事故も含めた思いも込め、この名前にさせていただいた」

 原発事故という言葉を使わぬ名を、あえて選んだのだ。

 帰路のバスの中で、アニメ映画「君の名は。」を思い出した。東日本大震災がモチーフの一つで、自然災害に遭った過去と対峙(たいじ)する物語でもある。輝く彗星(すいせい)を見上げる青年が、輝きの陰で起きた悲劇を変えられないかともがく。原発事故後、誰もが思っただろう。「夢であってほしい。過去を変えられないか」と。

 3月11日、東電の小早川智明社長は「過去に戻ることはできないが、二度とこのような事故を起こさないと誓った痛恨の日々を振り返り、反省と教訓を未来に生かすことはできる。東京電力の原点は福島」と訓示した。

 もう一度問う。反省と教訓を後世に残す資料館として、ふさわしいのか。今の名は。

=2019/03/22付 西日本新聞朝刊=

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