ミャンマー難民続く苦難 タイ・キャンプ地ルポ 細る配給支援増える自殺 「軍怖い」帰還にためらい

「国軍に弟は殺された」。そう言って涙ぐむミーオさんに幼い娘が寄り添った
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 タイ国内に住むミャンマー難民が苦難に直面している。1980年代の民族紛争や旧軍政の迫害から逃れ、9カ所のキャンプに約10万人が暮らすが、食料配給は減少。祖国で文民政権が発足したものの、生活不安から帰還をためらうケースも多い。キャンプの一つを訪ねると、将来の展望を持てずに立ちすくむ人々の姿があった。 (ヌポ=タイ北西部、浜田耕治)

 タイ北西部ターク県の山中に、木の葉でふいた家屋が連なる“リトル・ミャンマー”が出現する。タナカと呼ばれる黄色い粉を顔に塗った人々が行き交う「ヌポ難民キャンプ」だ。

 二つのキャンプが97年に統合され、1万人余りが住む。9割は少数民族カレン族。宗教別ではミャンマーで少数派のキリスト教徒が5割を占める。

 カレン族の女性、ミーオさん(45)はミャンマー国軍とカレン族武装組織との戦闘から逃れるため、97年に国境を越えた。子ども7人の大家族。「故郷には帰りたいが、今の状況では帰れない」と言う。

 「地元に仕事はなく、至る所に地雷が埋まったままだ。ミャンマーでは子どもたちに満足な教育を与えることすらできない」

 少数民族武装組織の一部は停戦に合意し、タイとミャンマー政府の協力の下、昨年10月には初めて難民71人が帰還した。そう切り出すと、ミーオさんの頬を涙が伝った。「私が逃げたとき、弟は捕まって殺された。国軍が怖い」。恐怖の記憶や多数派のビルマ族への不信感も、帰還をためらわせる原因の一つだ。

 だが、キャンプに残っても展望が開けるわけではない。「難民は原則、外出ができず、何の権利もない。いとこは米国に移住したが、その道はもう閉ざされた」。カレン族の男性、ボウボウさん(25)は嘆く。

 米国はミャンマー難民の受け入れを2013年に停止。トランプ政権は難民そのものの受け入れに否定的だ。タイ政府も早い時期にキャンプを閉鎖する方針を打ち出している。

 国際支援も先細りしている。シリア難民などの対応で、キャンプを支援する欧米の非政府組織(NGO)が次々と撤退。主食の米は大人1人に月12~13キロ配給されていたが、現在は9キロ程度に減った。

 国際移住機関の調査によると、ターク県にあるヌポを含む難民キャンプの自殺率は昨年、世界の平均の3倍に達した。タイ最大のメラ・キャンプ(約3万7千人)では除草剤を飲むなどして過去2年間に28人が自殺し、66人が自殺を試みたという。

 「将来に希望を見いだせないのも大きな要因と思う」。キャンプ内で長年、図書館を運営する日本のNGOシャンティ国際ボランティア会の菊池礼乃さん(34)はこう指摘し、難民を取り巻く閉塞(へいそく)感を危ぶんだ。

=2017/06/26付 西日本新聞朝刊=

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