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米首都再開発 光と影 ビルや店続々、治安が改善 家賃高騰、街追われる黒人

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U通り周辺のレストラン街。昔は街灯もなかった地域でネオンが輝き、夜は若者たちでにぎわう
U通り周辺のレストラン街。昔は街灯もなかった地域でネオンが輝き、夜は若者たちでにぎわう
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U通りの有名店「ベンズ・チリボール」の外壁にはオバマ前大統領夫妻など著名な黒人が並んで描かれ、黒人街だった雰囲気を醸し出す
U通りの有名店「ベンズ・チリボール」の外壁にはオバマ前大統領夫妻など著名な黒人が並んで描かれ、黒人街だった雰囲気を醸し出す
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U通り近くに建つ南北戦争で活躍した黒人の記念碑を紹介するスミスさん。「黒人文化を後世に残す活動を続けたい」
U通り近くに建つ南北戦争で活躍した黒人の記念碑を紹介するスミスさん。「黒人文化を後世に残す活動を続けたい」
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10月に部分開業する「ワーフ」。開発業者は手前の魚市場を含めて「多くの観光客も呼び込みたい」と意気込む
10月に部分開業する「ワーフ」。開発業者は手前の魚市場を含めて「多くの観光客も呼び込みたい」と意気込む
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「ワーフ」北端にある魚市場。カニを詰めた樽が次々と店舗に運び込まれていた。左奥がワーフのビル
「ワーフ」北端にある魚市場。カニを詰めた樽が次々と店舗に運び込まれていた。左奥がワーフのビル
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 「政治の街」と称される米国の首都ワシントン(DC)が今、「全米で最もクールな街」として注目されている。好景気を背景に都市開発が活発化。高級マンションや飲食店などが集まるウオーターフロントの新スポットも開業間近で、人口は増加の一途だ。しかし、新たな活気を呼び込む再開発は、街の個性を失う側面も併せ持つ。かつて黒人居住者が多数を占めたDCでは、多くの黒人が移住を迫られる事態が生じている。 (ワシントン田中伸幸)

 ★高学歴の白人流入

 「昔は路上でドラッグが売られていた。ここに来るのを皆、怖がっていた」

 都心の北に位置する「U通り」。おしゃれなレストランやカフェが通りや周辺に広がり、夜は若者でにぎわう。50年来の住民でDC議会議員も務めた黒人のフランク・スミスさん(75)が街を案内してくれた。

 19世紀に黒人向け大学が開校するなど一帯は古くからの黒人街で、「ブラックブロードウェー」と呼ばれてにぎわった。だが、1968年のキング牧師暗殺後の暴動を機に街は荒廃し、貧困層が多い黒人スラム街に。「それを安全できれいな街に再び変えたのが再開発だった」(スミスさん)

 生活環境が劣悪な地域を再開発して高級化する「ジェントリフィケーション」が90年前後に始まり、地下鉄駅が新設されると、商業ビルやマンションが次々と建設された。それに伴い中高所得者が流入。得に顕著なのが、80年~2000年頃に生まれ、職を求めてDCに流入した高学歴な白人の「ミレニアル世代」だ。

 結果、地域の家賃は急騰した。DCの平均家賃が月20万円弱とされる中、一帯では月50万円以上の物件が数多く存在するという。

 そのあおりをもろに受けたのが黒人の中低所得層だった。高い家賃を払えない家族は郊外に去り、「友人がいなくなった」と別の家族が後を追う。集いの場だった教会の移転も進んだ。

 80年には地域住民の8割を占めた黒人は今、3割程度にまで減少。かつてU通りの近くに住んでいた黒人のタクシー運転手(62)は「なじみのジャズクラブもなくなった。昔からある店は3軒くらいしかないよ」と街の変容ぶりを嘆いた。

 議員として再開発を推進したスミスさんは「出て行かざるを得なかった黒人が多いのも、昔の街の面影がなくなってきているのも事実」と認めつつ、「昔からの住民への税優遇もあるし、黒人コミュニティーはまだ保たれている」と話す。

 来年で開業60年を迎えるチリドッグが名物の店「ベンズ・チリボール」の外壁には今夏、オバマ前大統領夫妻ら黒人の著名人が並ぶ壁画が新調された。スミスさんが館長を務め、黒人の歴史を伝える博物館も拡張予定だ。確かに街を歩けば、黒人文化を感じる。

 だが、白人の若者が集うカフェに、黒人の姿はまばらだ。「新しく来た住民や店の話なんてしたくない」。2世代に渡ってこの地域に住む黒人女性はそう言って取材を断った。「その気持ちは分かる。格差や人種の話は繊細だから…」。U通り沿いにあるレコード店の常連の白人男性は肩をすくめた。黒人と白人の感情的なしこりが垣間見えた。

 ★低所得層にひずみ

 黒人住民が街を追われる懸念は、今月、部分開業するウオーターフロント再開発地区があるサウスウエスト(SW)でもくすぶる。

 9月上旬の平日の夕暮れ時。ポトマック川につながるSWの水路「ワシントンチャンネル」に浮かぶ人工広場で、十数人の白人たちがビールなどを飲み、美しい夕焼けを眺めながら談笑していた。水路に浮かべたボートに居住する住民だ。

 約90隻の住居用ボートが係留された水路の間近に、巨大ビル群「ワーフ(波止場)」が建設中だ。総投資額2500億円規模の再開発で、2021年の事業完了までにホテルやホール、20軒以上の飲食店が順次開業する。高級マンションや中所得者向けの住居など、住宅供給は千軒を超す。

 地元不動産業者は「ワーフの影響でSW全体の住宅価格が上昇する」と予測する。妻や愛犬と水上生活を満喫するゲーリー・ブルーメンソールさん(61)は「ボートを係留する賃料も高騰し、出て行かざるを得なくなるのではと心配する人もいる」と話す。別の住民はこう付け加えた。「もっと深刻なのは、ワーフの近くに住む低所得者たちだ」

 SWで育ち、今も母が暮らす黒人男性(63)が匿名を条件に語り始めた。

 SWもかつて、中低所得層の黒人街だった。連邦議会に近く、外国要人の目に触れやすい地域だったことなどから、第2次大戦後に再開発の対象となった。男性も幼い頃、高速道路建設のために借家を追われた。

 再開発で住宅整備が進むと、政府職員など高所得の白人住民が増えた。もちろん黒人でも高所得者が引っ越してくることもあれば、広い郊外へ自ら望んで移住する者もいる。黒人が再開発の標的にされて激減したとは思わない。「でも何人も見てきたよ。(低所得層が多く住む)アナコスティア川の川向こうや郊外に出ざるを得なかった黒人を」

 そしてワーフの建設。「DCは『チョコレートシティ(黒色の街)』と言われていたけど変わったし、これからも変わるよ」。住民の多様化は歓迎すべきだが、結果的に所得の低い黒人が再開発の影響を最も受けてしまう-。複雑な心情が言葉からにじみ出た。

 DCの行政担当者は「再開発は他の地区でも当面続く」と強気だ。流入するミレニアル世代は、U通りなどの家賃が高騰するに連れ、再開発地域を追われた黒人が移住した先の郊外にまで住居を求め始めている。それが新たな住宅投資を招き、郊外まで住宅費高騰の波を及ぼして、低所得の黒人たちがさらにすみかを奪われる懸念もある。

 日本とも共通する深刻な格差拡大に加え、根深い人種問題も絡み、明暗が交錯しながらDCの発展は続く。

 ●職を求め若者ら集中 連邦政府所在のワシントン

 人口約68万人(2016年)のワシントン(DC)には連邦政府があり、雇用が安定していることから、08年のリーマン・ショック後、職を求める若者らが集中。政府業務の外注化や海外を含む民間投資も相まって雇用が増えた。子育てを終えた郊外の高齢夫婦の都心回帰も重なり、人口は70万人に近づいている。

 DCの人口に占める黒人の割合は5割を切り(約48%)、増加する白人(約45%、ヒスパニック系含む)との差が縮まっている。

 人口増に伴う課題の一つが住宅供給。DC当局は年約110億円を中低所得者向け住宅の確保に充てるものの、住居費の上昇は続いている。DCの再開発に詳しいアメリカン大のデレク・ハイラ准教授(43)は「今後5年はバブル崩壊もなく成長は続く」と見通した上で「増えた税収を住宅対策に有効活用できるかが問われる」と指摘している。

    ◇      ◇

取材余話-歴史的な魚市場、将来像も話題に

 ワシントンのウオーターフロントに誕生する「ワーフ」の北端には、1800年代から存続する魚市場がある。名物のカニや日本ではあまり見掛けないサメなど、さまざまな魚介類が氷を敷き詰めた屋外の陳列棚に並び、店員が「カニどうだい」と威勢の良い声を張り上げる。何度か訪れたが、家族連れなどの一般客のほか、中華やスペイン料理など飲食店の料理人たちでいつもにぎわっている。

 そんな常連客からは、魚市場の将来を心配する声が上がる。高級マンションが建ち、おしゃれなレストランやコンサートホールが並ぶことになるワーフの新住民や訪問客たちが、新鮮とはいえ魚介の生臭さが漂う市場の存在を煙たがるに違いない、と考えるからだ。

 開発業者は「市場を改装する」と表明しており、将来は屋内の市場に変わるとみられている。だが、40年近く市場に通う男性(70)は「それでは屋外の活気がなくなり、スーパーの鮮魚コーナーのようなありきたりな場所になる」と嘆く。一方、市場近くの住民には「きれいな建物の中の方が衛生的で良い」と語る人もいて、賛否は分かれる。

 街が培ってきた生活文化をどう継承するかも、大型再開発を巡る課題の一つとなっている。
(ワシントン田中伸幸)


=2017/10/02付 西日本新聞朝刊=

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