「首相候補に王女」断念 タクシン派 タイ国王、不適切と反対

 【バンコク浜田耕治】3月に予定されるタイの総選挙でタクシン元首相派の政党の一つ、タイ国家維持党は9日、ワチラロンコン国王の姉、ウボンラット王女(67)の次期首相候補擁立を断念したことを明らかにした。同党は8日に王女擁立を発表したばかり。だが、同日夜、国王が声明を出し、「不適切だ」と反対する姿勢を示したため、「王の命令を受け入れる」と方針を転換した。

 タイは立憲君主制だが、国王の意向は極めて重視される。王女は9日、「全ての愛すべき人と仲間に感謝したい」と自らのインスタグラムに投稿。国王の批判を受け入れざるを得ない心境をつづったとみられている。王室メンバーの擁立は、軍事政権と対立するタクシン派に有利に働くとみられていたが、情勢は二転三転している。

 国王は声明で「王女は政治に関与すべきではない。政治への関与は王室の慣習に逆らい、伝統にも反する」と述べた。国王が王室の中立性を重視し、王室メンバーの政治関与に待ったをかけるのは異例だ。

 国家維持党は8日朝、首相候補として王女の擁立を選挙管理委員会に届け出た。王女は自身のインスタグラムで「王室籍を離れた一般人としての権利を行使した」と指摘。「タイを発展させたいとの真剣な思いから決断した」などと投稿し、擁立の受け入れを表明していた。

 王女は「国父」と慕われた故プミポン前国王の長女。外国人と結婚したため王室籍はないが、1998年に離婚し、タイに帰国してからは王室メンバーに準じた扱いを受けている。国王は声明で「王女は今も王室の一員である」とくぎを刺した。王女は事前に国王の了承を得ていなかったとみられる。

 総選挙に関する規則は選挙運動に王室を利用することを禁じている。親軍政政党の一つは王女擁立に「王室利用を禁じた規則に反する」と反発していた。

 総選挙を巡っては、親軍政政党の中核、国民国家の力党が8日、首相候補として軍政のプラユット暫定首相(64)を選管に届け出た。ライバルのタクシン派は王女擁立によって形勢逆転を狙ったが、戦略の練り直しを迫られそうだ。

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元首相派奇策1日で幕 総選挙 軍政再び有利に

 タイ総選挙の構図を一変させると思われたタクシン元首相派の奇策は、わずか1日で幕を閉じた。ウボンラット王女を首相候補に擁立したタイ国家維持党が9日、ワチラロンコン国王の「擁立反対」に従って擁立を断念したことで、3月24日の選挙と後の首相選出は再び親軍政政党側に有利な展開に戻ったとの見方が強い。

 軍事政権支持グループは早速、タクシン派への攻勢を強めている。現地英字紙バンコク・ポストによると、親軍政政党の一つの党首は9日、王女の政治利用は憲法違反に当たるとして「選挙管理委員会は国家維持党の解党手続きを取らなければならない」と語った。

 国家維持党はこの日、予定していた選挙運動を中止。擁立断念の発表で「わが党は法律を順守し、王室の慣習を尊重する」と表明するのがやっと。王女を「顔」に立て、選挙や首相選出で圧倒的な支持を得るタクシン派の戦略は、絶対的な存在である国王の反対によって根本から崩れた。選挙戦でも王女擁立の正当性を主張し続けることができないため、攻めに転じにくいのが現実だ。

 タイ政治に詳しい九州大大学院比較社会文化研究院の相沢伸広准教授(東南アジア政治)は「タクシン派やタクシン氏自身への打撃は避けられない」と推測。一方で「軍事政権側、タクシン派どちらが勝つにしても、『全ては国王次第』ということが改めて示されたことが大きい」と語る。

 別の識者は、在位70年もの間、国の混乱を収めてきた故プミポン前国王(2016年死去)不在の影響を指摘する。「絶大な尊敬を集めた『国父』不在の影響が懸念されていたが、一瞬とはいえ王室が割れたような形が顕在化した。国民は少なからず動揺しているだろう」とみる。 (バンコク・浜田耕治、川合秀紀)

=2019/02/10付 西日本新聞朝刊=

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