有吉完全復活G1V 平成CC 【山陽】

大ケガから復帰後、初のG1制覇にガッツポーズの有吉辰也
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 山陽オートのG1第24回平成チャンピオンカップは最終日の15日、最終12Rで優勝戦(1着賞金300万円)があり、有吉辰也(42)=飯塚=がトップSから逃げ切り勝ち。G1優勝は、2012年8月の飯塚ダイヤモンドレース以来、実に5年8カ月ぶりで、選手生命さえ危ぶまれた13年9月の落車事故から“完全復活”した姿を印象づけた。次位争いは、抜きつ抜かれつの接戦。最終的には西原智昭(39)=伊勢崎=が2着に食い込み、佐々木啓(44)=山陽=が3着だった。5日間の総売上額は10億1990万円(目標10億7095万円)だった。

■ヒーロー

 感動の“完全復活劇”に一切、涙はなかった。選手生命も危ぶまれた大けがから、少しずつはい上がってきた有吉辰也が、実に5年8カ月ぶりのG1制覇。「信じられない気持ち。でも泣いていないよ。泣きそうだったけど…。泣かないんよね、俺。いつも、うれしさの方が追い越してしまうんよ」。思わず涙する同期選手の横でいつもの“有吉スマイル”を振りまいた。

 過去3度のSG制覇を引き寄せた最大の武器“カミソリS”が、ここ一番で威力を発揮した。切れない時期もあったSだが、「切れる選手のクラッチのセッティングにしているから絶対に切れるはず」。そう信じて試行錯誤を繰り返した成果が見事に出た。後半はタイヤの滑りで「ポジションを気にしながら」の走りとなったが「後ろが入れ替わったのも良かった」。2番手争いが接戦になったのも有吉には好都合だった。

 2013年9月、落車事故で骨盤骨折、股関節脱臼骨折などの大けが。14年4月に復帰したものの、以前のように競走車を操ることはできなかった。当時の体に合った腰周りにするのに苦労の連続。引退まで覚悟した時期もあったが、仲間の強力サポートもあって、少しずつ本来の姿へ戻った。そして「まさか、できるとは思っていなかった」と栄冠を手にした。それだけに「恵まれていますよ、周りに。毎レース、みんなに感謝の気持ちで走っている」と何度も感謝の言葉を繰り返した。

 S級復帰を果たし、今年の目標に挙げていたグレード戦も制覇。「とんとん拍子に行きすぎて怖い」。確実に設定した目標をクリアしている有吉の次なる目標は、年末の大一番「スーパースター王座決定戦」。それまでは、再びつかんだ最強の武器を絶対にさび付かせない。 (三島)

【戦い終わって】

 西原智昭(2着)いいSが切れて8枠からいいレースはできた。

 佐々木啓(3着)貴也(佐藤)とやり合ってタイヤを使った。

 佐藤貴也(4着)走路温度が高くて追うのは難しかった。

 中村雅人(5着)Sが遅くて展開が悪かった。車は伸びがなくなっていた。

 角南一如(6着)車は良かったし、滑りもそう気にならなかった。敗因はS。

 荒尾 聡(7着)夕方になるとダメ。12Rは合わない。有吉さんの優勝は、自分が勝つよりもうれしい。

 丹村飛竜(8着)抜きに行った結果なので仕方がない。試走は良かった。

 有吉辰也(ありよし・たつや)1976年3月17日、福岡県嘉麻市(旧・嘉穂郡碓井町)生まれ。166センチ、53キロ、血液型B。25期生として97年4月に選手登録。同期には永井大介、森且行、岩崎亮一らがいる。2008年4月の浜松オールスターでSG初制覇。10年には最優秀選手賞、賞金王に輝いた。10年後期ランクで初の全国1位を獲得。07年2月の川口全日本選抜から10年11月の飯塚日本選手権まで続けたSG19連続優出記録は今も破られていない。通算697勝、47V(SG3、G1 13、G2 4)

=2018/04/16付 西日本スポーツ=

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