西武復活に10年かかった理由 FAよりドラフト、11年前の問題で…

笑顔で記念写真に納まる西武・鈴木球団本部長(後列中央)
笑顔で記念写真に納まる西武・鈴木球団本部長(後列中央)
写真を見る

 西武が10年ぶりにパ・リーグを制覇した。前身の西鉄時代も含む優勝回数は22度となりリーグ最多を更新。1985~88年に4連覇、90~94年に5連覇するすなど栄華を誇った常勝軍団にとって、9年のブランクは79年に本拠地を移転、西武となってからは初めてだ。ライオンズ復活の要因や今後のチームづくりを鈴木葉留彦球団本部長(67)に聞いた。(聞き手・構成=松田達也)

-10年ぶりのリーグ優勝。要因は

 誰が見ても打力でしょう。今年は特筆すべき年だった。浅村、山川は100打点以上。こういう選手はなかなか出てこない。辻監督が固定したオーダーで戦い、目指す野球が選手に伝わったのが大きい。監督は「選手はまだまだ経験不足なので、よっぽどのことがないと(レギュラーを)代えない」と話していた。若い選手を使いながら実績を積ませた。


 -辻監督は就任2年目。手腕に対する評価は

 最初に会って就任を打診したとき、小技がうまかった現役時代の感じから、もう少し足を絡めた野球をすると思っていた。それが打って(走者を)かえす野球になった。今のチームのメンバーを見て、そういう策を選んだのだろう。選手の能力を引き出すことにたけている。選手だけでなく監督も自信をつけたと思う。

-トレードなどの補強も効果的だった

 補強に関しては渡辺シニアディレクターと話しながら進めた。開幕前に阪神から榎田が取れた。実績は中継ぎが多かったが、辻監督は即決のような感じで「先発だ」と。菊池以外は左が手薄だったのもある。投球術は阪神で修羅場をくぐってきているから心配していなかった。スタミナが不安だったが、100球前後なら大丈夫だろうと。とにかくローテの表と裏に左を挟みたかったというのが現場の意見。その後の補強もチーム状態が万全だったらできなかった。とにかく動かないとダメだと。もちろん、(獲得時に)1位で優勝を狙えるという状況だったことも大きかった。

-オーダーに生え抜きの野手がそろった

 まずは監督が経験を積ませてくれることが大きい、あとは見る目、仕入れ。そこがかみあえば、生え抜きは出てくる。例えば山川は昨年経験を積ませ、今年は4番を外さなかった。外崎、源田もそう。疲れてもレギュラーは試合に出ないといけない、という自覚が出てくる。昔の清原だって、当時の森監督が絶対に使うぞ、と起用した。あとは、ピースにあった素材を見つけてくるのはスカウトの仕事だから。

 仕入れでいえば、野手の見極めは、この選手はAランク、Bランク、という話から始まり、数年後のチームに当てはまるか、と考える。例えば中村。(ドラフト)当時、球団内では一度(リストから)落とした。遠くへ運ぶ能力は素晴らしかったが、太っている人はファーストしかできない、足が遅いというイメージがあった。ただ、中村は走れる。今でもセカンドからホームへの走力はナンバーワンじゃないか。グラブさばきもいい。今でもそうだが、打つだけじゃないセンスがあった。

 浅村は、まねのできないインコースの打ち方があった。これは天性というか、教えられないもの。山川も外国人に負けないような遠くへ飛ばす一芸は抜群。足ももっと速いという話だったけど…。山川の課題は精神力。落ち込みが激しかった。大きな波があると使いにくい。調子の波がなだらかであればいい。山川は大爆発がすごいという魅力はあるが。逆に波が少ないのが浅村。あとは良さを生かしたまま、試合で経験を積ませる。前日が散々でも、普通の状態に戻して試合に出る。それを繰り返すことが財産になり、体力と精神力が鍛えられる。

-現場を預かるフロントのトップとして、考え方の基礎は

 西武ライオンズの1年目に監督だった根本(陸夫)さんの影響はある。現役だった当時、おまえはこうあるべきだ、という話をよく聞かされた。「やめた後をどうするか考えるんだ」とか「何のために大学に行ったんだ」とか。同期の楠城(徹、現在は福岡・九州国際大付高監督)は当時はもうスカウトだったのでね。スカウティングについては、とにかく足を運べということ。あと、チームは6年くらいで(選手が)入れ替わるもの。そのためには準備が大事ということ。

-西武は伝統的にFAで選手が離れていく

 FAで選手が抜けた後のチームづくりは、そりゃ苦しい。2、3年前から代役は考えないといけない。もちろん残留へ向け最善の努力はするが、FAは選手の権利。われわれからすれば、まずは「おめでとう」という思い。あとは話し合いの中で、うまくいかない時も、残ってくれることもある。繰り返すが、痛いのは痛い。でも、選手の権利だから。チームには残ってほしい。うちは決して選手層が厚くない。でも残ってくれなかったら薄っぺらいチームになったというわけにはいかない。若いときに多くのチャンスを与えると、FAの取得が早くなる。それも仕方ない。

-逆にFAで選手を獲得する考えは

 FA移籍して大活躍というケースは意外に少ないというイメージがあるのでね…。うちはあまり受け入れ態勢はない…かな。球団としては、とにかくチームをどうやって動かすかということ。あいつが抜けたら小粒になる。でも、こいつで何とかできるよなと。あそこが抜けたら投手は苦しいけど何とかできるな、次のドラフトでこうしようか、と。言っとくが、西武は金がないわけじゃない。球団経営は予算。いまは経営にIT企業がかかわるようになった。ウンと出すところは、球団を運営する予算とは別のところでお金を使っている。もちろん、ルール違反ではない。ただ、予算内で運営するメリットもある。やりがいもある。お金で取ってきた選手ではなく、生え抜きをレギュラーにして、と。そのサイクルがなくなると、チーム戦略はおかしくなる。主力がいなくなることは、若手にはチャンス。それを奪える能力のある選手はスカウトが見つけてこないといけない。

-やはりドラフトが大事になる

 チーム状態が最高というのは半永久的には続かない。今年もソフトバンクが素晴らしい戦力で太刀打ちできないと思っていたら、故障者が出たり、活躍していた人が落ちてきたりした。うちも例えば中村、栗山はどこまでやれるのか。今年の活躍を見ても分かるように、彼らは強い。でも、あいつらを引きずり下ろすような選手を見つけないと。それが競争。レギュラーを取るような選手は、スパッと出てきて、そのままつかんじゃうから。そういうことは、どの球団も考えている。それができないと低迷する。うちが勝てなかったのはドラフトでいろんな問題(2007年に発覚したアマチュア選手への金銭供与)があったこともある。当時はペナルティーがあって、いい選手を見にいっても獲得に至らなかった。その後の成績にも影響はあったと思う。

-次の目標は連覇

 今のチームはセンターラインがそろっている。鍵はやっぱりピッチャー。今回は優勝するまで10年も空いた。今は来年の編成のことで頭がいっぱい。連覇は難しいが、昔のような黄金時代をつくりたい。


 ◆鈴木葉留彦(すずき・はるひこ)1951年7月25日生まれ。埼玉県出身。大宮高、早大から74年ドラフト3位で太平洋に入団。内野手としてクラウンライター、西武でも活躍し、84年に現役引退。通算成績は544試合出場、11本塁打、105打点、打率2割5分2厘。引退後は西武1軍打撃コーチ、2軍監督などを歴任。2011年10月から現職。

=2018/10/01 西日本スポーツ=

西日本新聞のイチオシ [PR]

ホークス下剋上日本一!西スポ2018アーカイブス

西日本新聞のイチオシ [PR]