【西スポ・甲子園ベンチ裏】ソフトBの上林と松本裕、弟たちが背番17で奮闘中 姓の重さと負けじの心

 ソフトバンクの4年目・上林誠知の弟、昌義(まさき=3年)は東海大菅生(西東京)のメンバーとして20日、三本松(香川)との準々決勝に臨む。背番号は17。今夏、西東京大会からまだ出場機会はなく、役割は三塁コーチだ。副主将も担っている。

 兄と同じ右投げの外野手で、兄と違って右打ち。常に比べられてきた。「今はもう『自分は自分だ』と。いつからですかね? 気にしなくなりました」。もちろん以前は違った。「小さいときから、比べられるのが嫌でした」と苦笑した。

 憧れもあって東海大菅生に進んだ。「たぶん、東海大相模(神奈川)を見て…小さいときから、東海大の付属高校の、縦じまのユニホームがカッコいいなと思ってて」。兄の母校、仙台育英(宮城)へ行く選択肢も、あるにはあった。「でも心のどこかで、兄との比較というのもあって」

 少なからずコンプレックスはあった。肩肘を張らずに受け入れる気持ちと、慣れで少しずつ解消した。「兄はシニア時代からすごかった。負けられない気持ちもありましたけど、尊敬してますし、憧れです」。兄が2013年春の選抜大会で、ワンバウンドの球を打って二塁打にした時。「次の日の新聞に『イチローばり』って書いてあって。それでまた、すごいなって思いました」と笑う。

 東海大菅生は2015年春以来の甲子園で、夏は17年ぶり。「兄が3回(春1度、夏2度)も出た甲子園に、自分はやっとの思いで出られた」。一方で自負心だってある。「兄は主力として活躍しましたけど、こういう裏方の仕事はやったことないと思うんですよね。日本一の三塁コーチになりたい」。仙台育英の主将で4番だった兄は、3年春の8強が最高だった。

 同じくソフトバンクの3年目右腕・松本裕樹の弟、跳馬(しゅうま=2年)は、兄と同じ盛岡大付(岩手)で、背番号17の控え投手。こちらも20日、花咲徳栄(埼玉)との準々決勝を控える。兄がプレーする姿から受けた影響はもちろん、ちょうど上林がいた頃の仙台育英の印象も強く「東北の高校で強いところと戦いたい」と志し、地元の横浜を離れた。

 兄は3年前、盛岡大付に夏の甲子園初勝利をもたらし、投打に注目されドラフト1位でプロ入りした。「その弟」の枕ことばが付いて回った。「前はめっちゃ言われましたね。2、3年生とかから。正直嫌でした。取材で聞かれても、どう答えていいか分かんなくて『いや、ちょっと分かりません』とか、あやふやに返して…」と頭をかく。

 ただ跳馬も「兄は憧れです」と言い切る。右肘痛を抱えた兄が、雨の中で東海大相模を相手に完投勝利した3年前の夏は、スタンドで応援。140キロ台の直球に、多彩な球種を操る兄とキャッチボールすると、不意に見たことのない変化球を投げてきて「うわ、何だこれ」と驚かされたという。

 兄と違って、気づいたときには左投げ。持ち球はカーブ、スライダー、チェンジアップ。最速は128キロだ。「スピードがないんで、コントロール勝負です」と笑う。岩手大会では救援で1試合登板。今大会は試合終盤に肩をつくってきたが、まだ登板はない。「先輩たちが安心して投げられるように、自分もしっかり準備します」と、3年生の背中を追っている。

=2017/08/20 西日本スポーツ=

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