裏方やるため入部 憎まれ役から8升炊飯まで…下関国際に縁の下の「学生コーチ」

試合を前に礼をする下関国際の記録員、辻原輝
試合を前に礼をする下関国際の記録員、辻原輝
写真を見る

 チームを一生懸命支えてきたから、誰よりも悔しかったのかもしれない。下関国際の記録員としてベンチ入りしていた学生コーチの辻原輝(3年)は試合後、「去年の夏に負けていたので、絶対勝たなくちゃいけなかった。悔しいです」と唇をかみしめた。

 北九州市小倉北区の菊陵中では硬式クラブ「北九州スティーラーズ」で内野手だった。当時、コーチから「裏方の気持ちを考えてみろ」という話を聞かされ「チームを支える」という役割に興味を持った。進学先を下関国際に決めたのは中学3年の夏、山口大会準決勝で、3点を追う9回に4点を取って宇部鴻城を撃破した戦いが心に残ったから。学校を調べてみると坂原監督が一から作り上げたチームだと知り「このチームを支えてきたい」と思った。

 故障などでプレーを続けられなくなり、マネジャーに転向する選手は多いが、辻原は最初からマネジャー志望で入部した。肩書きは「学生コーチ」。下関国際では選手よりも立場は上。監督と選手をつなげる役目を果たす。選手の気持ちが緩んでいると感じれば、厳しい言葉を投げ掛ける。選手、監督…両方の気持ちもわかって板挟みになることもある。選手から反発を受けることもある。でも「それが仕事だから。チームが勝つんだったら嫌われてもいい」とあえて嫌われ役を買って出る。「いつも監督の近くにいて、回りへの気配りがすごい。あいつに言われたら仕方がないと思います」と背番号3の木下尚穏が部員の思いを代弁した。

 1年のときには3年生の女子マネジャーがいたが、引退後はたった1人で裏方業を務めている。大変なのが昼食のご飯を炊くこと。毎日部員37人分、約8升ご飯を炊く。早朝6時からの朝練の時間、辻原は家庭科室で米をとぎ、10台の炊飯器で昼に炊けるように黙々と準備。冬場は冷たい水で手が凍りそうになるが「チームのためだから」と愚痴や文句は口にしないと言い聞かせてきた。

 仲間の頑張る姿を近くで見てきたから、勝ってほしかった。「みんな成長した分は出ていました。でも…」。夏の甲子園を目指して、またチームを支え続ける。ノックをして、昼食の米をといで、練習をサポートする。目指すものは一つ。夏こそは甲子園の勝利をスコアブックに刻むために。

=2018/03/26 西日本スポーツ=

西日本新聞のイチオシ [PR]

ソフトバンクホークス選手の写真販売中!

西日本新聞のイチオシ [PR]