新がばい旋風!甲子園V佐賀北OB指導者3人が火花 満弾男・副島は今…/夏の高校野球 佐賀大会

唐津工の副部長として選手にノックを打つ副島氏
唐津工の副部長として選手にノックを打つ副島氏
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2007年夏の甲子園決勝で広陵を逆転で破り、マウンドに駆け寄る佐賀北ナイン。劇的な試合を次々と制した戦いぶりは「がばい旋風」と呼ばれた
2007年夏の甲子園決勝で広陵を逆転で破り、マウンドに駆け寄る佐賀北ナイン。劇的な試合を次々と制した戦いぶりは「がばい旋風」と呼ばれた
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 第100回全国高校野球選手権(8月5日から、甲子園)の佐賀大会の組み合わせ抽選会が21日、佐賀市で行われた。40チームが参加し、7月7日に開幕。順調に進めば22日に代表校が決まる。「がばい旋風」で2007年夏の甲子園優勝を果たした佐賀北の日本一メンバーは指導者としての道を歩んでいる。決勝で逆転満塁弾を放った副島浩史氏(29)は唐津工の副部長に就任。エース久保貴大氏(29)は母校の佐賀北、マネジャーの真崎貴史氏(29)は杵島商を監督としてそれぞれ率いる。杵島商が初戦を突破すれば次戦で唐津工と対戦。また、3校は勝ち上がれば準々決勝で当たる可能性もある。「がばい熱い夏」のプレーボールはもうすぐだ。 (広田亜貴子)

 ノックバットから放たれた白球が青空に重なった。46人の部員に負けない副島氏の大声が唐津工のグラウンドに響き渡る。「日々成長せんといかんよ!」。年齢的にも選手に近く、打撃投手も買って出る。大学までの野球経験を生かした技術指導だけでなく、伝えたいのは「挑戦する気持ち」。野球から離れたある時期に大切なことだとあらためて気づかされた。

 甲子園でヒーローとなった副島氏は福岡大に進学。在学中の教育実習で指導した母校・佐賀北の生徒たちが2012年夏に甲子園出場を果たした。当時は佐賀銀行に入行したばかり。「地元で恩返しを」とスーツ姿で街を駆け回る毎日だった。そんな中、応援で訪れた甲子園でその魅力にひかれた。初めて座ったアルプス席。教え子たちのプレー…。「俺もいつかはここでノックを打ちたい」との感情が芽生えた。

 生徒ら「憧れ」

 プロの世界では、決勝で自身が満塁弾を浴びせた広陵の野村祐輔(広島)や、準々決勝で激闘を繰り広げた帝京の中村晃(福岡ソフトバンク)らが主力として活躍。頼れるのは自分の腕一本だけという厳しい世界で勝負している同世代の姿がまぶしかった。「彼らのようなぎりぎりの挑戦をしていなかった。野球の舞台で頑張っている、と胸を張って言いたかった」。約2年勤めた銀行を退職。高校教諭として指導者になる道を選んだ。

 教員採用試験の勉強に励みながら、15年から佐賀県みやき町の「中原特別支援学校」に臨時講師として3年勤務。知的障害のある生徒たちと触れ合う中で「教育」の原点を学んだ。グラブをうまくはめられない生徒もいたが、野球を教えてもらおうとグラウンドで待つ姿に喜びを感じた。4度目の受験で17年、採用試験に合格。今春から教諭として再出発した。

 唐津工の青野雅信監督(60)は同校が1996年夏に甲子園出場を果たしたときも率いており、指導経験も豊富。副島氏について「生徒たちと接していく中でいろいろ学んでいくことも多いでしょう」と温かく見守る。昨秋1勝で今春は初戦敗退を喫したチームにとっても大きな刺激になっている。捕手の姉川千起(3年)は「全国優勝したチームで主力だった方から教えていただける。こんな貴重なことはない」と目を輝かせる。「どこと当たっても選手が力を発揮できるようサポートしたい」。29歳の挑戦は始まったばかりだ。

 ◆副島浩史(そえじま・ひろし)
 1989年5月31日生まれの29歳。佐賀市出身。城南中の軟式野球部では全国3位。佐賀北高では3年夏に全国制覇。3番三塁として決勝の逆転満塁弾を含む計3本塁打を放った。福岡大を経て佐賀銀行に入行。2014年夏に退職し18年4月から唐津工高に着任。保健体育の教諭で野球部の副部長。現役時は右投げ右打ち。

 ◆2007年夏、佐賀北の「がばい旋風」
 福井商との開幕戦を2-0で勝利。宇治山田商(三重)との2回戦は延長15回引き分け再試合を制し、3回戦は前橋商を5-2で倒した。準々決勝では優勝候補の帝京(東東京)に延長13回サヨナラ勝ち。長崎日大との準決勝は3-0で快勝。広陵(広島)との決勝は4点差を8回にひっくり返す逆転勝利。副島が左越えの逆転グランドスラムを放った。右腕の久保も全7試合に登板し、継投を支えた。私学強豪をなぎ倒した公立校の活躍は佐賀弁の「がばい」(とても)と合わせて「がばい旋風」と呼ばれた=写真。


=2018/06/22付 西日本スポーツ=

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