東筑の「石田伝説」4代目 夢は神宮に持ち越し/高校球児たちの旅立ち

法大へ進学する東筑の石田
法大へ進学する東筑の石田
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2年生の夏に初めて甲子園に出場し、済美に敗れ泣きながら引き揚げる石田(左)
2年生の夏に初めて甲子園に出場し、済美に敗れ泣きながら引き揚げる石田(左)
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 九州の高校野球で活躍した球児たちが、春から新しいステージへ進む。東筑(福岡)のエースとして2年夏と3年春に甲子園出場を果たした石田旭昇(18)は昨秋の東京六大学リーグを制した法大へ進学。全国から有力選手が集まるリーグで活躍を誓う。 (前田泰子)

■2度の甲子園 勝利に届かず

 2度も甲子園のマウンドに立った石田の心に残っているのは「悔い」だった。「高校野球は悔いが残ったので、レベルが高いところでやろうと思った」。石田は法大へ進学し、東京六大学リーグで先発投手を目指す。

 2年生エースとして福岡大会を制して初めて甲子園に出場したが、強豪の済美(愛媛)に10安打を浴び10失点して8回途中で降板した。2度目の甲子園となった昨春の選抜大会は甲子園常連の聖光学院(福島)と互角に戦った。最後は失策で決勝点を許したが「次はやれると感じた」と全国で通用する手応えをつかんだ。

 だが「次」は来なかった。優勝候補として注目された最後の夏は北福岡大会初戦でまさかの敗退。「春から調子が落ちていた。調整不足だった」。あまりに早い夏の終わりに心の整理をするのに時間がかかったが、法大のセレクションを受けることを決意。「もし最後の夏に甲子園で勝てていたら上でやりたいという気持ちもなかったと思う」。昨夏の悔しさが石田の心に火をつけたのだ。

■「悔い」残した 東六で飛躍へ

 法大には2年夏の福岡大会決勝で対戦した三浦銀二(福岡大大濠高出身)もいる。昨秋のリーグ戦では主力投手としてリーグ優勝の原動力となった。「三浦さんが1年から活躍しているのを見て法大に行きたいと思った」。野球に取り組む一方、教職課程を選択し「先生になりたい」という夢もかなえるつもりだ。

 東筑から石田姓の投手が甲子園出場したのは4人目だったことから「4代目」と呼ばれたが「実は4代目と言われるのは嫌だった」と心の内を明かす。大学では「石田旭昇」として勝負する。「プロを目指している人も集まってくる環境の中で、自分の選択肢を広げられるように勉強も野球も頑張りたい」。届かなかった「全国1勝」の夢は大学でかなえる。

◆石田旭昇(いしだ・あきのり)

 2000年7月31日生まれ。福岡県鞍手町出身。古月小2年から「鞍手ベアーズ」で軟式野球を始め、鞍手中では軟式野球部。東筑高では1年秋からベンチ入り。2年春の招待試合から背番号1を背負い2年夏、3年春とエースとして甲子園に出場した。173センチ、67キロ。右投げ右打ち。

=2019/01/11付 西日本スポーツ=

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